2010年11月30日

都市と存在

わたしは外へ出るのが好きじゃない。ネクラでひきこもりだと思う。

外からそうはまったくみえないらしいけど、実はそうだ。

別にショッピングがすごいすきでとか、ポジティブな意味でまちへ出かけているのではない。別にネガティブな意味でまちへ出かけているのではないんだけれど、うまくいえないな。

ミシュランガイドを読んでいても、路上観察学の本を読んでも、書を捨て、町に出よを読んでも、五十嵐先生の、藤森先生の建築ご案内本を、鈴木先生の、中沢先生の地霊の本を読んでも、もちろん、頑張る商店街77とか、まちづくり成功本を読んでも、(精神的にも物理的にも)まちへ出かけたいと思わない。

特に後者あたりは、絶対出かけたいなんて思わない。むしろ逆だ。この手のものが語りかけてくるような話から全力で逃げたくなる。「がんばってます。」とか「これが成功です」なんてそんなメッセージを発してしまうのはやはり、恥ずかしいことだ。

そんなヘソマガリなわたしであるが、なぜか、見田宗介先生の本を読んでいると、わたし、また、外へ出かけようと、(精神的にも物理的にも)思う。

昨日の夜、家に本が溢れて、自分の部屋が歩けなくなってきて両親に叱られたので、整理というものをしようと思っていたら、先生の『まなざしの地獄』が出てきた。

一ページ目の「都市とは」という文章を眼にした。

ー都市とはたとえば、二つとか五つとかの階級や地域の構成する沈黙の建造物ではない。

 都市とは、ひとりひとりの「尽きなく存在し」ようとする人間たちの、無数のひしめき合う個別性、行為や関係の還元不可能な絶対性の、密集したある連関の総体性である。

先生のこの文章は直截的な糾弾を背負う文章である。だけれど、そこには詩的さや装飾や誇張、鋭敏な感性の無駄は一切削ぎ落とされている。

わたしにはこの、緊張感のある「ホウセツ」がたまらない。

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2010年11月29日

もういっこ

生牡蠣って
どうして、あんなにイイ、のだろう。
牡蠣なべも牡蠣グラタンも魅力的だし、
牡蠣フライも好きなんだけど、
わたしは、やっぱり
生牡蠣ってのは、最高の食べ物だと思う。

あまりに大好きで、どうしてもこの愛しさを伝えたくて生牡蠣にほっぺたぷるって叩かれたいくらい、好きっていったら、ドン引きされた。わたしには文学はできない。その時、痛感した次第。

以前、オイスターバーですごくたくさん食べて一人だけ、なぜか、あたって、ほんとうにタイヘンなことになった経験があるから、どれくらい怖いか知っててもぜんぜん、懲りない。

レモンをジュっと絞って、あのゴツゴツの殻から、彼をつるつる、じゅるって救い出して、ぺろって、嗚呼、もう、その後のしあわせは言葉にできない。

そして、わたしのおなかに入ってしまった彼が、ついさっきまでしっかり在った白く光った場所(寝床)をじぃっと観てしまう。

プルプルのままで、
たしかに、さっきまでここに居た白く冷たい寝床の幻を眺め、口の中の幻を舌でひとなでして、もういっこたべたい、といわずに、ずっとずっとおなかに入ってしまった彼を思い(食し)続ける。

貝殻とレモンの匂いを指にしっかりつけて、はい、ごちそうさま。

わたし、(次は)生牡蠣と結婚したい。
それじゃ、両親がまた悲しむから、
生牡蠣がわたしと同じくらい好きな人とにしよう。

どちらかがあたって、看病してあげて、もう当分いいねっていいながら、また食べにいって、違う方があたって、看病して、もう当分いいねっていって、でもやっぱり食べにいって、今度は2人であたって、うんうん、寝込んで、もうこりごりね、もうやめようねっていって、でもそれでもやっぱりまた食べにいこうって、言ってくれる人。

そんな人が近くにいたら。(教えてください(まる))

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2010年11月27日

おばあちゃんと、おばあちゃんと、ウーロン茶

ガスがつかないので、夜、みんなで、おでんやで、ほくほくした帰り道に、テケテケひとりであるいて、銭湯に向かった。

商店街をまっすぐ歩いたらいい、という先生の指示通りに歩いたんだけど、お月様をみてたりして、くねくねしたら、よくわかんなくなってしまって、(ほんとうは間違えようがないんだけど)犀川にいったん、戻ってきてしまった。

夜中、ほんとうに、道に誰もいなくて、東京とは違うと思った。

寒い、もう、だめだと思った頃、あらわれてくれる、神様のようなひとたちに「銭湯、このあたりにありませんか?」ときけども、「ごめんなさい、わからないわ」ばかりだ。

銭湯に電話したら、番台のおばちゃんも「説明できない」という。

そんな、あほな。

最後に聞いた男の子が、(いや、坂を下ってくるから、みんな自転車でビュンビュン組をとめるのは至難なのに、よくぞ停まってくれたありがとう僕!)
「あ、その銭湯はもう少し坂をのぼったところにありますよ。」

ほんとう?ありがとう〜〜。

ようやく、着くと、番台のおばちゃんが「さっきの子か、ごめんなさいね、うまいこと、説明できなくて。」と言った。

「大丈夫ですー」ハアハアいいながら、もう、寒くて、寒くて、ガラガラ、ガラー番台を全力で抜ける。

とはいっても、一応、恥ずかしくって、丁寧に脱いでいたら、

おしりを洗ってください

との貼紙が目に飛び込んできた。

金沢じゃない、これは金沢じゃない、わたしのイメージしていたのと違うと思ったけど、ま、金沢なんだなと思って、日常ってのはこういうもんだ、と思って、バババって脱いで、ガラガラって入る。

目の前に(ちょっと横に)見たお湯は「濃いウーロン茶」にしか見えず、びっくりした。

わたしは、しわしわの、真っ白いおばあちゃんたちが、濃いウーロン茶にぽちゃり、ぽちゃり、ゆっくりと、入ってゆくのを、鏡越しに、じぃっとみた。

ぶくぶくいってるところなんて、
ウーロン茶というか、コカ・コーラだ!!

おばあちゃん、コカ・コーラの中で、シュワシュワいってるし、なんか、もう少しで溶けてしまいそう。

なんか、裸で笑ってるのも、怪しいので、ちょっと真剣な顔をつくって、勇気を出して、そぉっと、入ってみた。

わぁ、ほんとぉ、ウーロン茶ーって思った。

やっぱり、わたしは大きなウーロン茶の中に落ちてしまった子みたいな、気分になり、不思議なまちだな、ここは、と思った。

そして、甘いんだ。このウーロン茶。匂いがね。

翌日、工事のおじさんに、「わたし、きのう、ウーロン茶みたいな銭湯に、行ったんですが、金沢はみんな、温泉はウーロン茶みたいなんですか?」と聴くとそんなこた、きいたことないなあ、そんな、色してたかぁ、と二人とも、この子、何へんなことを、みたいに、いう。

やっぱり、あそこは金沢じゃなかったのかも、と一瞬思う。

いや、金沢なんだ!

おばあちゃんたちは、ウーロン茶に浸かる前、みな、二人組みで、背中をあらいっこしていた。

いつかみた、尾道のお地蔵さまの前のおばあちゃま二人組は、ひとり目のおばあちゃまがお地蔵様をお掃除し、二人目のおばあちゃまが、そのお掃除してるおばあちゃまの肩をもんでいた。

あの日を思い出して、このまちの日常はやさしそうで、好きになれそうだと思った。

犀川からみるお月様はほんとうにきれいだった。

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2010年11月26日

長良坂の素敵

金沢へゆく。

部屋のガスがつかなかった。
暖房もつかなかった。
全部取り替えてもらえることになった。

わたしはこんなハプニングは二度とないなとおもったら、きもちがすごい穏やかになってしまって、たのしいなと思って、のんびりしていた。

だけれど、不動産屋さんはすごい申し訳なさそうで、工事屋さんをせかしている。

不動産屋さんが帰ったので、
工事屋のおじさんに

「おじさん、わたし、いそいでないです」

というと、そんなこと、素直にいって、、、みたいな、おじさんはマメ鉄砲に撃たれたような顔になってしまった。

わたしは、急に恥ずかしくなったので

「ごめんなさい、あの、、、ほんとうに、いや、だいじょうぶなんです。いそいでやっていただかなくても、ほんとうに。あの、それより、わたし、とうきょうからきょう、やってきたので、なにもわからなくって。いろいろおしえてもらえますか。」

とやっとこさ、赤面して、言い終わると、おじさんも、照れくさそうに笑って、ドリルを回した。

部屋が狭すぎるのに、おじさんが3人いたので、もう身動きができなくって、わたしは正座をして、部屋の隅で、パソコンを叩きながら、いろいろなお話をした。

おねえさん、ごめんな、ちょっとそこいいかなって言われたって

あ、し、が、し、び、れ、て、た、て、な、い、よ、ぉ。

おじさんは言った。

もう少したつと、管が凍るから、ブレーカーは東京戻るときも落として帰っちゃダメだよ。気をつけなきゃだなぁ。

21世紀美術館や伝統工芸なんて、教えてもらわなかったけど、近くの、おいしい、パン屋@もちろん、バスどおりじゃなくて、路地裏、を教えてもらった。

日常だよ。


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2010年11月20日

なんだろうさんのこと

本のプロの「なんだろうさん」に
本のことを教えていただくようになってから、
日常がいつもと違った角度から
みえるようになった。

不思議なことに
すごく大好きな場所や
すごく大好きな人や
そういうこと、たちで出来ていた日常が

その大好きは、そのまんまで
いつもより少し嬉しく、
少し珈琲が飲みたく、少し眠く、
好きな人に電話をしたくなるのを
少し、我慢するような、

いつもの「すごく」を、「少し」と置き換えても、苦しくなく、大好きは、そのまんまで、みんなが居心地のいい日常の入れ物にちゃんと収まるサイズにできるようなそういう、小さくて、訓練くさくない、訓練のやり方をゆっくりと、教えてもらっているような気がする。

いつもの「すごく」を、「少し」と置き換えても、大好きは、壊れたりしないんだぁ、みたいな。(って、あんま、つたえられないけど)

まだまだ訓練中だけど、その訓練もたのしめるような気がする。

そういう、「教える」をできる、なんだろうさんはすてきだ。
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2010年11月19日

犀川、その景色の体温

「眼の前が犀川です。」
一度もみない部屋を借りる。
不動産屋さんの電話口のセリフだけが頼み綱。
別に一度もみない〜を・・・する、は怖くない。人生、んなことばっかりだ。てか、よく考えたら、生まれてから、全部、そうだ。で、生きてきた。から、大丈夫なはず!

でも、とても寒い、どんより、どんよりとした季節で、大好きな自転車もおいてきてしまったし、(そもそも雪でそんな乗り物には乗れないみたいだけど)

そもそも友曰く、「ひとりでいたことのない子がよく決断を」なのに。(ぐすんです。)

「大丈夫!27歳、女ざかり(らしい)なうちに、遊びにいくから。」

そうだ、もうまた、わたしたちの誕生日が追いついてきた。たいへん!またひとつ、歳をとるね。

「でも、こればっかりは、文句は言えない、
歳のとりかたは、みんな、公平なのよ。」

かつてのルームメイトだったわたしたち3人は、同じ年、同じ月に生まれて、同じ部屋で順々に歳をとれた。

共有のリビングには2人は毎年、着物をきて、シャンとしていて、綺麗な写真たち。

わたしはいつも写ってなくて、まったく何をしてたんだか、覚えていないんだけど、でも、歳だけはあの部屋で順々にとった。

だから、寂しくなかったのに!

まぁ、きっと、大丈夫、だって、犀川沿いな日常よ。

先生、みなさま、こんな私ですがよろしくお願いします。

はやく、カフェと本屋さんを、できればブックカフェ、を見つけなきゃ!そんで、子等(超忙しそう)を呼んで、いっぱい、あそぼう@ぺろり。


ーはじめ うみが みたい
ーいんせい それは ろまんちっくすぎる 
      かわを みにいこう

「さくら の その にっぽん」 
     (たわだ ようこ)

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2010年11月17日

年下君の活躍

白鵬のこと。

コタツとみかんと相撲中継。
ビールと枝豆と野球中継。

幼きころの大きな家族を囲んだ記憶は、別の理由も加わって、もぅ、遠い遠いどこか違うふるさとへ行ってしまった。

ところで、昨日?新聞を読んでいたら、白鵬が二五歳と知り、てことは、彼氏になる可能性もあるってことだなか、とか思って、

勝負をしている人に弱い私は
ちょっと苦手な「太っている」「年下」をつい、忘れそうになった。

(ちなみに「太っている」「同年代」も「年上」も苦手です。)

ねえ、どうみても、
白鵬が二五歳なんて、思えない。
え?じゅんや(弟)?!
えー爆笑

なぜか、不思議なんだけど、私はお相撲さんが若い!ということをつい、忘れてしまう。
サッカーとか野球とか体操とかわかるんだけど、お相撲はよくわからなくなってしまう。
わんぱく相撲に出てる力士(ほっぺが赤い)くらいしか、年下に見えない。

小さい頃、同じ、「千」がつくからって、
それだけで、必死に「ちよのふじぃ、ちよのじぃ」って小さな喉で、懸命に応援した(断髪式は哀しくって泣いたねえ。)

あの時の千代の富士も若かったんだろうか。

ところで、双葉山の六九連勝が止まったときの陽明学者、竹葉秀雄(安岡正篤の弟子)との電報やり取りの日経の記事を読んだ。

竹葉
「サクモヨシ チルモマタヨシ サクラバナ」
双葉山
「ワレ イマダ モッケイ タリエズ」
(吾未木鶏為得)

さらに、打電
「サミシイデス スグオイデコフ」

わぁーいいわぁって
このかんじ、いいわって何度も思った。

って、また馬鹿みたいだけど、いいわぁって思った。ほんと、表現能力ないけど。

この流れ、一連の詩。

私も「サミシイデス スグオイデコフ」送りたい!!!けど、ぜんぜん勝負なんてしてないのに、これだけ言っちゃあ、台無しです。

いいですか、しっかりしてくださいね、わたしたちがほしいのは「一連の川のような」ですよ、と言い聞かす。

今般の敗北後、白鵬の「これが負けか」というせりふを聞いて、どうしよう!二五歳にそんなこと言われた、と思った。だって、白鵬三五歳くらいだと思っていたんですもの。

って、何度も思うけど、わたしも年下君に負けないように、ちゃんとがんばんなきゃ。

今日も寒空から雨粒がつま先に。

蛇足だけど、竹葉先生のサクラバナは、ヤマザクラかなぁ。ソメイヨシノかなぁ。当時、一九三九年。

ヤマザクラであってほしいな。
だって、ヤマザクラは多様で優しい色と散り方をする(持つ)んだよ。

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2010年11月14日

愛の夢の追い出し

神楽坂の相馬屋さんでやーっと買えた原稿用紙を持って、ほくほくしながら図書館へ。

書くぞ〜〜〜!って思ってたのに、あっという間に、六時。で、閉館。

「愛の夢三番?」(たぶん)で追い出される。
少し、哀しい。「蛍の光」より、やっぱり、なぜか、佳いんだけど、哀しい。

なんか、ちょっと傷ついて、出る。

公共施設が終わりの合図を告げるとき、音楽をかけるのは万国共通なのか。

わたしたちはその音楽で、ちゃんと閉館を意識して、素直に片付けをしはじめる。

なんか、ちゃーんと「はーい終わりですよ〜」っていう音楽に聞こえるから不思議だ。

勘違いして、踊りだしたり、さぁ!これから2階の書庫に行っちゃうぞ!とか思ったりしないから、不思議だ。

ま、尺八とか琵琶とかで、追い出されたら、もう路上で絶望的な哀しみだから、これくらいがちょうどいいのかもしれない。

なんか受験生みたいなことをしているのは、わたしがまじめに調べものをしたりといった、珍しいことをしているからだ。

追記

昨日はお稽古の日だった。D先生の講話をきいていると、毎回、ふいに突然、感動して、号泣したい気持ちになってしまうのだけど、稽古中に泣き出すこともできず、いつも涙がでないように、じっと我慢する。

十二月はお稽古がなくて、もう今から哀しくって、ぐずぐず泣きたくなってしまう。

でも、そんなぐずぐずしちゃいけないので、その間にたくさん、たくさん書こうと思う。

姉と、あのテーブルでお話したことだ。

ほうせつな暮らし。

あの、日常のときに、かんじられた包摂の、それに触れた感受性や感覚を言葉で書けるわけないって、知ってて、でも、書くんだ、って思う。

Kちゃんが「ぺろり」用のいい論文を調べてくれて嬉しかった。ありがとう。

長い間、おまたせしました、な「ぺろり」、もうすぐ小さな、カタチが出せると思うので、作戦会議、飲みにいきましょう。

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2010年11月13日

追加ビールとおせんべい

「ねえちゃんさーだいたいさ−
J−POPの女の歌詞ってのは
『一緒にいたいの』で終わってて、
なんかなぁ、って思わない?」

「まあ、そのままなんじゃん。
その次は?ってこと?」

「あー、それならさ、そのままならね、
『じゃ、そうすれば?』って感じなんだけど、
でもそんなこと言って、そういう女に限って
全然それだけじゃないっていうか、
そもそも、を、一緒にいるってことを、わかってないっていうか。
そういうとこが、イライラすんだよね。」

「・・・・!!」

なんか、お姉さんらしく、気の利いた、コジャレタことを言おうとしたんだけど、古傷にもならぬ傷が全開になったような気が一瞬だけして、いや違う、わたしはそうじゃないって、満面の笑みを返す。

んで、「ねー、ちょっと待ってて!」って笑って、一階に追加ビールとおせんべいを取りにダッシュ。

どうでもいいけど、弟はわたしの宝ものです。
世界で一番可愛い。
めちゃんこ実はナイーブだけど、チャーミングで
ま、なんてったって、イケメンなの(姉ばかじゃない!とおもう)。

でも、つまんない仕事してるらしいから
年々つまんない奴になっているような錯覚がするけど、その悩み方から、その悩んでいる様子から、彼の誠実さと人柄が感じ取れて、年々いとしいです。

でも、心配になります。

でも、大丈夫って信じていたり!もするんだよ。

本当に。

めちゃんこ可愛い彼女がいて、それも大好きです。

どうか、ずっと、そんな
じゅんや(おとうと)でいてね!

ちひろ(おねえちゃん)

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2010年11月10日

小豆島なはなし

突然なんだけど、この数日、尾崎放哉、すばらしすぎる、すばらしすぎる、と思って、彼と一緒に過ごしている。

尾崎放哉は「咳をしてもひとり」だけじゃないんだよぉ。

私が遅まきながら、それに気付いたのは、句集から

鳳仙花(ほうせんか)の実をはねさせて見ても淋しい

を目にしたときで、これはヤバイと思って、ちょっとびっくりして母を呼んだときからはじまった。

お母さん、ちょっと朗読するね、聴いててね。
はい。

ほうせんかのみをはねさせてみてもさびしい

ちょっとつまる。

自由句だからむずかしいんだもん。ちょっと言い訳する。

でも、母は一句目で、ああ、いい句ねえ。

お母さん、よかったです。
すぐさま、同調を確認。

急に安心してしまて、ありがとう、お母さん、句集はここに置いておきますからね。テーブルに置いて出かけることにした。

雀の暖かさを握るはなしてやる

ピヨヨヨオ〜やさしいなぁ。(涙)

わたしは先月、小豆島に居たんだけど、(瀬戸内芸術祭)あそこで放哉が亡くなった、なんて知らなかった。

お師匠の(荻原)井泉水の紹介で「海の見えるところで最期を。」の場所、だということ。

わたしは、オリーブ畑をみて、芸術祭用にパッケージが可愛くなったマルキン醤油(小豆島)なんかを「キャ〜、カワュ〜イ」とか言って買ってたときくらいが、唯一元気だったときで、お姉さんに心配をかけながら、恋人と干潮時だけに現れる砂の道「エンジェルロード」を歩くと結ばれる!みたいなドウデモイイ観光案内を呆然と、泣きそうな眼で眺めて、あとはものすごい鬱々として過ごしてしまったじゃない。

小豆島でこんな句を残された場所だったんですね。
死ぬとわかって8ヶ月、この地で、何千句も残したとか。

寝る前とか、突然、起きちゃったときとか、彼と一緒にお布団に丸まっている。

白々あけて来る生きていた

だいじょうぶ、ちゃんと、できるね。


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2010年11月09日

神楽坂駅から牛込のほうに下りてきて

お父さんの能の発表会を観に矢来能楽堂へ出かける。

私、この能楽堂素敵、いつも思う。

観世家?、うらやましい。
くれないかしら。
くれないわよね。

いいのよぉ。

神楽坂駅から牛込のほうに下りてきて、新潮社の谷内六郎(わたし大好き!)の壁絵を眺めて、うふふって笑って、あー小さいころの弟と私みたいだわぁって毎回思ってクルッて右折すると、なんとも、ひっそりしてて、おじゃましまぁすって小声で言いたくなるような趣、矢来能楽堂。

木造モルタル造りがなんとも、なのだ。

客席後ろの十二畳くらいの空間(畳の間)の風情がこれまた最高で、毎回、嗚呼、ここをオフィスにしたい。オフィスだったらどんなに素敵。

嗚呼、ここに円卓をおいて、macはきっとダメだ。原稿用紙くらいしか、似合わないと思う。公演以外も、観世のお弟子さんがお稽古されていると思うし、そんな様子を眺めながら、仕事ができるなんて。

夢だわ。

嗚呼、うっとり。

私はこの畳の部屋で、座布団の上で野口先生の本なんかを読んでいたら、は!っと気づく。

お父さん、今日の演目はなんでしたっけ。

「野守」?!

何の話だか、まったくわかりません!
予習もしてきませんでした。

ま、いいか。
予習なんてして、本番で
ただ、その話の流れを確認するなんて、芸のない観方はしないでいいって、おっしゃってましたっけね。

その場で感じればよいと。

勉強が苦手な私のことをよく知っててくれて、ありがとう。お父さん。

仕舞だったんだけど、面(おもて)をかぶっているみたいに表情がよくて、「野守」という演目を舞ってるんじゃなくて、親父の「野守」を舞ったって感じで、親父らしい、神経の出た、人の出た、舞だなぁとほんとにそう思った。

「お尻が痛くなっちゃうねぇ」
「まったくねぇ」って
会話を最後に、目の前の寝てしまっていた、3人のおばあちゃんが親父の舞のとき、一斉に起きて、わたしはでもそれが一番嬉しかった。

おばあちゃん!起きてくれたのね!!
ありがとう∞

posted by にしもとちひろ at 22:22| Comment(0) | TrackBack(0) | これが私たちの住むまち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月05日

括られるな、括られるな

わたしの父という人は可愛い人で、「おれも、親ばかだ」と言いながら最近、ホロヴィッツのCDをたくさん買ってきてくれる。

おぃ、今日はショパンだぞ。

おぃ、今日はチャイコフスキーだぞ。

おぃ、今日はラフマニノフだぞ。

聴ききれないんじゃないの?というくらいのCDをラックに入れて、ブツブツ、整理(一応、彼なりの整理の仕方があるらしい)をした後、畳の部屋に行き、謡をやったり、仏語を勉強したりしている(母とパリに行きたいんだと思う)、父は本当に不思議な、わかりやすい、わたしに似てる人。

わたしはでも、あんまりお父さん、有難うばかり言わないようにする。少し嬉しくても。

だって、言うと本当に永久に買ってくるような気がする。ホロヴィッツ先生をすべて集めてしまうような。

昔、一緒に、新しい公共の公開シンポジウムが内閣府の講堂という、薄暗いお葬式みたいな場所でやって、首相と松岡正剛の対談とか、金子大先生の話とかがあった時、何を思ったか、わたしは父と一緒に行ったのだけど、

松岡正剛の話(新しい公共というけど、なにもね、NPOや社会起業が新しいというような話ではなく、中世から結や講とか、当然にしてそういう日本の公、いやわたしたちの共同体、日常をふつうに、しぜんに、支えた活動があり、その経緯をお忘れなく!という「公」の歴史経緯)だけは、面白くて、父のメモ(ミミズみたいな字で、一切読めない)を取り上げてわたしはメモってしまったわけなんだけど、

松岡先生の話のあと、新しい公と括られた、NPOや市民活動団体の発表があったので、わたしはすぐさま、危険を察知して、ああいう、カンパケはつらい、つらい、括られるな、括られるなと思って、父を置いてきぼりに、退席して、銀座に買い物へ出た。

一緒に帰れると思っていたのか?家に戻ると父に
「なぜ、お前は、新しい公?といってお前たち、若い仲間が仕掛けている、そういうシンポジウムだったのに、肝心のそういう発表のところで、首相やらいて、報道陣もあんなにいて、誰も席を立っていないに、お前だけ、遅刻をして、かつ、早退をするんだ。まったくしょうがねえやつだ。いつも、そうなのか。遅刻して、早退するなんて。」と叱られたことがあったのだが、

父のそれからの行動が弱った。

わたしがそのシンポジウムで一瞬だけ居て、一応、珍しく聴いている風だった「松岡正剛」の記憶が強いようで、彼の本であったら、娘は読むかもしれないと思った父はひたすら松岡正剛を一時、すんごい買ってきた。

お父さん、松岡大先生の本なんて、買い集めたら
家が、家が、それだけで満杯に。。。わたくし、松岡さんの本を買いたいとか思わないので、いらないんですよ、と必死に眼でいうのに、しばらく買ってくれていた。

しんどい。でも、大人の教養としてはいいのかもしれない。わたし、知らない話ばかり。でも、松岡さんはそういう風に、居間に必要な先生じゃないような
気がしますので、わたし、教養系一番だめかも。それをお父さん理解されて、あえてのですか?ふぅ、みたいな感じだった。

でも本当にいつみても、あまり読まないで無視していたら、最近、ようやく松岡先生は我が家の居間(父との唯一のコミュニケーションテーブル)にいなくなった。

ほっ。

それがどっこい、昨日、なぜか現れたんですわ。

「お前、空海さんだぞ。」

「え?」

『空海の夢』(松岡正剛)

お父さん、わたし、空海さん、好きっていったっけ?なんか、本見せたっけ。

お前、仲間が高野山行ってるんだろ。ちくまの本、持ってたじゃねえか。

はぁ。そうでしたね。奥の院御廟で今もご存命かと。

わたしのおとうさんというひと。
禿げ上がっていて、わたしに
剣道とお能と本を教えてくれた人。

わたしの夢を忘れないでいてくれる人。

昨日わたしの検査結果を言ったら、いままで観たことがないような顔で笑った。
posted by にしもとちひろ at 18:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 私の日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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