2011年01月31日

大雪さん

ここ数日は北陸にはほんとうに大雪が降っていて、
一面がいっそう深い真白になった。
雪の犀川の景色はなんと形容していいか
わからないくらい、ほんとうにほんとうに綺麗で、
ちょっと遅刻しそうなくせに、何度も何度も
止まって眺めてしまう。この景色はちょっと表現しようがない。

だけど、駅に行ったら、特急も普通も全部動いていなくって
ウソォー。今日から楽しみにしてた出張で、
早起きして、3日間分動けるしたくをして
あんなに雪道をせっせと走ってきたのに!

そういえば、桜橋の真ん中に
クルテク君が雪だるまちゃんと乗ってたソリみたいなのに
ゴッツイおじさんが2人乗ってた。

バスは分厚いカツラみたいな雪をかぶって、のそのそ走ってる。
まち全体がまっしろい和菓子みたいになってしまった。

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posted by にしもとちひろ at 10:05| 私の日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月27日

きんいろ君へ

小さい頃のことだ。

いつだかは忘れた。

とても小さい頃のこと。

家にあったエリーゼのためにのオルゴールを
ぐりぐりいじっていたら、なぜかとまらなくなった。

困った私は
金色の物体を取り出し、
ずっと手の中で握り締め
音を小さくしようと試みていた。

でも手でいっくら握り締めたからといって、
とまるわけはなく、
指の隙間から
トゥルトゥルトゥルトゥルトゥルルー
というメロディーが鳴り続けた。

1日目はもっていたポシェット?のようなもの
(どうして昔、あんなにひとつのポシェットを大事にできたんだろう)に
ハンカチでぐるぐるまきにして閉じ込め、それを家のどっかの片隅に隠した。

次の日くらいに、気になって、見に行ったら
やっぱりまだ鳴っていて、おそろしくなって、
やっぱり、家じゃだめだと思って、
外に捨てにいくために家を出た。

マンションの一階の駐輪場に行って、
置いて去ろうとしたが、背中の後ろで
トゥルトゥルトゥルトゥルトゥルルー、
トゥルトゥルトゥルトゥルトゥルルー、と鳴り止まない。

あなた本当に無生物?!みたいな恐怖である。

もう幼い私は本当に怖くて仕方なかったので、
隣の空き地(駐車場)へ塀よりぽーんと投げた。

なんかカンタンじゃない!

私は球技がまるっきり駄目だったのに
がんばって肩を使って投げるを最初で最後、
できたのはこのときだけだ(とおもう)。

ただ、投げた瞬間から罪悪感にかられた。
エリーゼ様ごめんなさい。ベートーベン様ごめんなさい。
エリーゼのためには、私がブルググミュラーの次かなにかに
はじめて弾かせてもらった曲なのに、空き地に投げたなんて、、、。

第一、金色君を失ったオルゴールはどんなにさびしい思いをしただろう。

長年、その思い出はわるい思い出として、私をこらしめた。

今でもたまに小さな手の中で握り締めた、汗びっしょりな金色君と
トゥルトゥルトゥルトゥルトゥルルーを思い出す。

大人になったらもっと怖いことがいっぱいあったけど、
小さいときもやっぱりそれなりにあったんだね。

がんばって大人になりました!

今日、なぞなお絵かきをして、筆を握り締めていたら
手に汗をかいて、そしたら、この金色君の思い出が出てきてしまいました。

金色君、あの空き地で、ひとりでまだ鳴っていますか?
やさしい女の子に拾ってもらって、大事にきいてもらえていたら、とも
おもうけれど、「相変わらず、勝手な女だな」と言われたら、
わたし立ち直れません。

今度マンションにいったら、隣の空き地に探しに行きます。

実はお父さんに先日、このことを相談したら、
「忘れろ!」と真顔で言われました。

ごめんね、金色君。



posted by にしもとちひろ at 19:36 | TrackBack(0) | 私の日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月25日

『こうかん、ぶつぶつ』という本を手に入れた

新竪の商店街で『こうかん、ぶつぶつ』という本を手に入れた。料理の本であり、母を思い出し、母のつくってくれた味もそうだけれど、彼女が自然にくれた、おすそわけをいただけってほっこりな日常のしあわせを思い出した。そしたら、先日のS君自慢のぴろこちゃんを思い出した。すてきなおもてなしで、わたしは危うくピンクのエプロンの彼女を背負って、(銀座商店街を走って)S君から強奪しようかと。

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犀川はまっしろです。トンビが啼いてて、カモも、すごい寒そうだけど、てろんって頭がめちゃかわいい。
posted by にしもとちひろ at 22:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 犀川日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月09日

暗号のローカル 読み解かれない鍵語

日経春秋を読んでたら、栃木県鹿沼の記事でM君よかった、すごいじゃんって思った。でもできる限り、わかりやすいまちづくり運動となって成功事例集に載らないでそこから逃げてほしいとも思った。各地でそう自然に在る特別視されない日常。わたしは今でもネコヤド新聞を手に取ったときの記憶を忘れない。あれは広報誌だったのだろうか。脱力も脱力。ああいうのをつくるまちの広告会社になりたいと思うくらい、肩に力の入っていない。(というか肩がなさそう)等身大で普通で。暗号みたいな解読したくなる、そう、そんな中毒性を帯びたわら半紙のヨレヨレ手書き新聞だった。

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日経新聞 2011/1/9付 一面 春秋

posted by にしもとちひろ at 12:03| Comment(5) | TrackBack(0) | まちづくりについて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

くちひげ

世のインテリゲンチアへの
批判にも至らぬレベルの不平不満を
小胸にいっぱいためて、うじうじしている
そんなある日、彼に出会った。

彼の作品を読み進めようにも、
読むと臓器がしっかり躯体に入っていると
主張するのと同じくらいに
身体から飛んで出そうになった。

求心力と遠心力を同時にかけて、私を揺さぶってくる。
なんてこった、この人はと思った。

この感覚は私だけではなく、
多くの人が惹かれて、生き続けている彼に
会いにあの町へ行く。

おそらく、本当に佐藤春夫と同郷なんだろうかという不思議を
抱えながら。私も最初聞いたとき、まさかと思った。
今でも同じ場所の風景を想像できない。
(このはなしはいつか・・・書けたら書きたい。
なんとなくまちづくりに関係すると思うから。)

ところで、つい先日、電話で話しに出たとき
彼の本を床にこしらえた本箱から偶然、パっと見つけた。

表紙の彼は亡くなる数年前
(AERAの取材のためと言っている)
口ひげを伸ばした彼で、
痩せていて、体躯が小さくみえた。
まるで巨体も巨体だったときと
別人のようだった。

私はあまりにその別人の彼の顔に驚いて、
次の日の夜、スケッチブックを開いて、真白な紙に
口ひげを生やした彼の顔をたくさん書いた。

もう写真をみなくても、描けるよ!
(私が写真を見なくても描けるのは、
バルザック先生と、全国商店街振興組合の桑島理事長です。)
目元も口元も眉毛の形も生え際のかんじもバッチリだ!
と思ったら、急に涙が出てきた。

急いでお布団へもぐった。ら、クルテク君が居たので
一緒に眠った。
posted by にしもとちひろ at 00:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 私の日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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