2008年06月15日

無題

麦屋弥生さんが亡くなりました。
地震の土砂で流されてしまった宮城県栗原の駒の湯に
宿泊されていた地域プランナーです。
麦屋さんは栗原の仕事に携わられていて
自然のあの景色は本当に息をのむくらい素敵よ
とおっしゃっていました。
「くりはら田園鉄道」廃線後の資源活用の
会議に出席されるために、訪れていたそうです。

地域をやる人の中では
慌しく連絡が行き交いました。
相手の方も麦屋さんのことを伝えながら泣かれるので
私も涙が止まらず、みな、落ち着いたら、
麦屋さんの会を必ずやりましょうと
話すので精一杯でした。

麦屋さんのことが走馬灯のように頭を駆け巡りました。

わんわん泣いていると
麦屋さんが「西本さん、なにグジュグジュしてんのよ。
らしくないわね。」
という声が聞こえてくる気がしました。

でももっと話したくて、でももっと話したくて
悔しくてどうしていいかわかりません。

麦屋さんの撮る写真はとても優しく強く愛情深く
麦屋さんの声は綺麗で太く低く
麦屋さんの目は小動物のように
くりくりときらきらとしていて
麦屋さんの靴はどこまでもどこまでも歩いて
ゆけそうな柔らかさで
麦屋さんのハンドバックは
いつでもどこでもすぐに言葉をメモできるように
体にしっかりくっついて
麦屋さんの、あの笑顔と鋭く、とても優しい感性が
あの山の緑の中にどうか安らかに眠り、栗原の大地から
また新しい芽が芽吹きますようにと。

また芽吹きますようにと。

麦屋さんの大好きだったあの言葉や思想は
きっと日本に届く日が必ずくると思います。
残された私たちは微力で頼りないですが、
麦屋さんに学んだ多くの仲間たちとともに
届けられたらと思います。

麦屋さんと歩いた金沢、長浜のまちに
私たちが行くときはどうかまた叱ってください。
「あなたたち、まだまだね。」と。

麦屋さん、麦屋さんのこと
麦屋さんの教えてくださったことは
ずっと私はずっとずっと忘れません。

どうか、安らかにお眠りください。

本当にどうもありがとうございました。
またお会いできる日を、楽しみにしています。


posted by にしもとちひろ at 22:15| Comment(2) | TrackBack(0) | 私の日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
長浜の沢田です。
麦屋さんの話題を探していて、ここへたどり着きました。最後にお会いしたのが3月の家業研究会でしたね。彼女のことは本当に残念としかいいようがありません。

へこたれていてもしょうがないので、長浜は20年先へ進みます。長浜まちづくり黒壁20周年事業を今月末からスタートします。
また、長浜へいらっしゃい。
Posted by 沢田昌宏 at 2008年06月20日 01:51
沢田さん。

また長浜にお伺いさせてください。
いつもどうもありがとうございます。

Posted by 西本千尋 at 2008年06月20日 11:45
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