2009年04月09日

「これを空き店舗に入れて、空き店舗対策だって!」へのコメントに対するコメント

私が4日に書いた
記事
これを空き店舗に入れて、空き店舗対策だって!
に対して、dojin さんからいただいたコメントに対する
コメントです。

>dojinさま

こんにちは
はじめまして。
この度はコメントをいただき、
どうもありがとうございました。

まとまりがなく、大変恐縮ですが
dojinさんのご指摘を踏まえ、
感じたことを拙いのですが
書いてみましたので
ご一読いただければ幸いです。

あの記事は全体としては、科学技術にまかせて通年的に
いつもレタスとイチゴを食べられるようにするという
病的テーマパークみたいな植物工場を
空き店舗などに入れて、空き店舗対策と謳う病的国家に
対する危機感を述べたものです。

障害者雇用をされていることを
決して否定しているのではなく、
大切なことであると思っております。

ただ、dojinさんのコメントを拝読し、感じたのは
仮に植物工場などに、障害者の雇用創出の際に
近代の効率化・平準化が持ち込まれた
工場という閉鎖空間に
障害の方を当てはめてしまうのではなく、
工場の外の地域へ眼をむけ、
そこでの人と人とのつながり、
できるだけ分断(世代、組織等)を越えた
人と人とのつながりのなかで
雇用・労働(自立)を応援するような
取り組みやそれを支える仕組みが必要で
はないかということです。

もっと開かれた場で(地域全体で)
障害のある方の自立支援を
行っていくべきだと感じます。

「平準化された作業だから、障害者にも出来る仕事」
を閉じられた(分断された)空間で自己完結させ、
近代の効率化・平準化等による失敗に
労働を埋め込むのではなく、その失敗を
他者や外との関係性の中で是正させていかねば
ならないと思います。

私たちの暮らす社会、近代国家の最大の不幸は
社会課題をその課題を生み出した社会的背景から
切り離し、分断することで、部分的に
フォーカスし続け、課題解決を「したふり」ストーリーを
政策だといい続けること、それを私たち市民が
知らないとか、知ったとしてもしょうがないと
諦めて見過ごしていることにあるんじゃないかと思います。

切り離すこと、分断することで
国家が行う仕事をつくるがために
ストーリーを徹底してわかりやすくさせ、
解決できるフリをし続け、そこに金を流すという
どうしようもない病理です。

たとえば、商店街の問題とされている
空き店舗問題もそうですが、なぜ空き店舗の存在を
騒ぐのか。

空き店舗はこの人口減少時代にあくのは当然であるし、
そもそも空き店舗は退店と出店の
タイミングが合致しなければ
必ずどの時代であれ、生まれるものです。

街に生まれた空き店舗なのに、街を見ず、その周りも見ず、
中心市街地問題だと決めつけ、極めつけは
埋められるなら、何でもいいと、補助金を徹底して
つぎ込むストーリーづくりのために、
今回の小松市の商店街みたいに植物工場で埋める。

地域といえば、金がつき、
空き店舗、遊休団地といえば、金がつき、
そういう仕組みにのって、
莫大な税金投下がなされます。

そのもとで、テーマパークのように
課題を見つけては、待ってましたといように
社会的背景から分断させて、市民の視線や意識を逸らさせ、
真なる課題解決など到底望むこともなく、
「やったふり」を一応し続けていることで
組織の延命を図るように、私らの社会は仕込まれてしまって
います。

そんな病的テーマパークの中で
私たちは何をすればいいのか。

私は悔しくも
未だによくわからないです。

でも先人達の智恵や遺徳より、
謙虚に真摯に学びながら
仲間やご指導いただく皆さんとともに日々、模索し、
行動していきたいと思っております。






posted by にしもとちひろ at 19:44| Comment(0) | TrackBack(1) | まちづくりについて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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[社会]「近代」や「自然」は便利な概念だけども、時に怖い。
Excerpt: エントリはあまり書かない今日この頃だが、他人のブログを読み、ときにコメントなどもしてみるのだった。 http://chihiblog.seesaa.net/article/116784632.htm..
Weblog: 研究メモ
Tracked: 2009-04-12 06:19
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