2009年05月17日

普段づかいの電車のはなし(ロングシートとボックスシート)

特急とか新幹線とかじゃなくて、鈍行普通列車、
つまり普段づかいの電車のはなし。

私はボックスシート
(2人ずつ向かい合って4人で座るやつ)のある電車がすき。
東海道線、琵琶湖線とか。
18切符のとき、何が楽しいってそれが楽しかった。

なんでかっていうと、
ボックスシートは
会話ができる。
太ったおじさんと足がぶつかる。
ぶつかって謝ったり、笑ったり
同じ景色を眺めたりできる。

でも、通勤通学列車、首都圏とか東北とか、関西も?は
ロングシート。
「7人かけられるのでおつめください。」って貼り紙。
ロングシートなのは、たくさん乗り込めるからだと思うんだ。
私の通勤列車、東武東上線もそうなんだけど
私今日たまたま池袋につく間、ロングシートに
座る前の人たち7人の顔をじぃっと見ていたんだ。

でも嗚呼、やっぱロングシートの距離感は「あかんな」と思った。

なんか、左から
寝てる、寝てる、次が寝ていて寄りかかってくる隣人を嫌がりにらむ人、
次がそのにらんでいる隣人を気にしながら読書、
ガムかみかみ&アイポッド、携帯メール、
週刊誌の中吊り読む&私と何度も眼が合う
の7人であった。

なんか、私はそれを見ていて
戦争とか緊急なことが起こったとき
なんとなく、この7人じゃ戦えないなって思った。

そして対面している、お互い顔のみえない、
こっちのロングシートの我ら7人衆も
まったく同様だろう。

私は個人的には7人の中でいえば、
寝ていて寄りかかってくる隣人を嫌がりにらむ人の
ケツの穴の小ささが本当に嫌い。
「嫌なら立て!このヤロウ」である。
あの睨む隣人のせいで、嫌な空気が連鎖する。

この私が乗り込んだ
ドアの間のロングシートの7×2+立っている2の
16人衆じゃ、まったく連帯、連携できそうにない
雰囲気だと思ったわけである。

通勤ラッシュはもっとだめ。
座った後に、前にEXILEみたいな怖い人たちが
ずらあーっと手すりにつかまると
本当に怖くて、連帯して支えあうコミュニティ
(関係性)結成どころじゃない。

一方、ボックスシートに座ると、あの4人ならば
対話も可能で、例えば終着駅で
まだ眠っている目の前の人に
「着きましたよ!」って起こしてあげることも
できるかもしれないし、夕日が綺麗ですねって
無言の会話が共有できる一体感ができるかもしれない。
赤ちゃんをあやして微笑ましい瞬間も生まれるかもしれない。

ただ逆に不安もある。
閉じられたボックスシートでの犯罪とか。
変なおじさんが1人で対面して、その車両に誰もいなかったら
怖いだろうとか。
みんなの視線が集まらないから、何か閉じられた空間での
犯罪なりも起こりやすくなるのかもしれない。

でも私はまちづくり的にいえば、
開かれており、対話による安心が生まれる
可能性を秘めた、ボックスシートに一票!である。
posted by にしもとちひろ at 22:19| Comment(0) | TrackBack(0) | これが私たちの住むまち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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