2010年04月10日

市役所ってとこで働いている

「姉さん、今日はどこにいくの?
仕事?デート?
お化粧をすると、別の人だけど、
眼の下のクマがとても姉さんらしいね。」

あー?起きたの?おはよう。
起きたての弟と廊下で会う。

顔色ですぐわかる。
神経質な顔してるし。
調子がよくないんだね。
仕事のことだね。

胸を開いて、ちゃんと
人を受け入れたり、できたらいいのに。
怖くなんてないかもしれないじゃん。
小さいころ、ねえ、
小学生のころ、もっともっと
やんちゃで、いたずらだったし、
お母さんやお父さんを
近所のおじさんや、友人や、
担任や、大人を困らせたじゃないか。

大きなものに、無邪気に抵抗したじゃないか。
見えぬ大きく保守的な禁忌の存在に
そこまで憂いてなかったじゃないか。

頼むから、そう、勝手に閉じて、こもらないで、
君のひとつひとつの細胞の呼吸の一切を無視しないで、
君のひとつひとつの細胞に住む
genuineな一切の存在を無視しないでよ
(かなしいでしょ?)
in my mind

ぶつぶつぶつぶつぶつ思いながら、
開かない眼をこすって出勤。

なぜ、同じまちに生まれ、同じまちで
同じ家族の下で暮らして、ここまで
違うんだろう。

何もかも、とても繊細だ。
私のは全て荒いけど
あいつのものは全て繊細すぎる。
極端だ。
両親の口癖はいつも足して割る2ならよかった。
(そうしてくれ)

今日みたいなふつうの土曜日だって、
カワゴエの田舎列車のホームへ射し込む
頼りない日射しの包摂。
故郷の体温。

この存在、命を
あいつは感じないんだろうか。

いや、忘れてるだけだ、と思いこもう。
だって、一緒にたくさんのワルサを
したじゃないか、この町で。
同級生も超怖い先輩も、ちびっこも
一緒になって、たくさん
このまちで笑って、たくさん泣いた
(泣かした)じゃないか。

あんだけ、繊細な君が
あのまちの包摂性を
忘れる(た)わけはないんだ。
どんな悪さも、いたずらも、
受け入れて、受容してくれた。

だって、まちはずっと観ているんだ。
アホな姉貴が中途半端に覚えてる
危うい記憶なんかより、
ずっと丁寧にずっとやさしく。

君はそういう私らの記憶と
先人の記憶とこれまた明日の記憶の
蓄積の総体である、まちの
市役所ってとこで働いている。

ねえ、市役所ってのはそういうとこに
依拠してるんじゃないのかね?
そうじゃないとしたら、
どういうとこに依拠してて、
どこへ向かってるのかね。

公共政策も公共サービス改革も新たな公も
はっきりいったら、そういう総体(生き物)の
存在とか、育て方とかをお話したり
しないと、どうでもいいことなんだ。

基礎自治体とやらが、
スローガン以上に
私たちの身近になった状態の
具体的イメージ、日常ってできるかい?

あんた、市長(ボス)に聞いてきたら?
(お姉さんはいつもとびすぎなんですよ)

こういうことを感じてもらうにゃ、どうしたら
いいんでしょうね。
はぁ、そのために仕事をしているようなもんですよ。
お姉さんは。うまく説明できるように、
仕組みつくれるようになりたいです。
(お姉さん、それが仕事なんですか?
はい、そう、それが仕事ですよ。じゅんやくん。
お姉さんもまだみたことがありませんが。)

まあ、がんばろうよ、のんびりんこね。
posted by にしもとちひろ at 12:22| Comment(0) | TrackBack(0) | まちづくりの会社をつくる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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