2010年10月20日

レッドアロー

長生き、長寿が幸せだと
思われるようになったのは
なぜなのかなと思う。

近代国家になって、
戦争を経験してから
わたしたちは長寿をいいものとしているのか。
それ以前から、当然、長寿の祝いは
当然存在しているのだろうけど
やっぱり特に、私は
寿命が延びたのがいいこととは
あまり、思えない。

不謹慎なのかもしれないが
長寿の祝いのニュースをみると、
あまり豊かで幸せなきもちに
なることができない。

私は絶対、こうなるまいとは思わないけど、
なりたい、嗚呼、私もこうなりたい、
親にも旦那にもこうなってほしいと
願う気持ちは生まれないのである。

すべては長生きのため
という人生は甚だ疲れるのに
なぜか、今日はきわめて健康志向であり、
医療では延命治療を望む。

背景で何がその指向を誘導しているのかへの
深い思考はない。

やり残したことやまだやりたいことがあって
無念だろうが、来世への希望を持って、
後輩や子孫への期待を持って、自然に身体の衰えと
ともに死ぬことのできる
生命と

やりたいことも、やるべきことも、
後世への期待もないまま、自然なる死の近づきを
無視して、できるだけ長く延びる生命と

どちらが健康であろう。

私は死に際というのを間違うことのない
見紛うことのない、生き方、死に方をしたい。

だから、今、何をしたらいいのか、考えてみよう思う。

そういえば、レッドアロー号に乗って
秩父に向かっている。

嗚呼、秩父、お久しぶりですね。


posted by にしもとちひろ at 08:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 私の日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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