2010年10月22日

ある体験

ある体験。

寒いので
『新しい人よ眼ざめよ』大江健三郎を
かばんにしのばせて、出かけました。

私はヒールの高さや
ワンピースとバッグの合わせ方じゃなくて、
何の文庫をかばんにとっさに
選ぶことができるか、が
わたしの毎日をつくっている、
と思っています。

だから、大切にしたほうがいいと思っています。旦那を選ぶみたいに。

ちょっと、大げさだけど。

ともに編める、書き綴ることのできる、共有できる物語は日常という生の支えです。

さて、この本の中にある日、主人公の僕と知的障害を持つ長男イーヨーがプール通いをしている場面が出てきます。

「水に浮こうとする意志が欠けている様子」
と教師に指摘されたイーヨーをつれて、
毎週プールに通えども、

「水の中の息子は切れ長の卵型の眼を
大きく見開いて、静かな感嘆をあらわし、
鼻から口許から気泡が光りながら
ひとつずつたちのぼるのがみえるほど、
穏やかに穏やかに身動きしている。」

「それは、もしかしたらこのような態度こそが人間のとるべき自然なかたちではないかと、反省させられたりするほどなのであった、、」

そんな、ある日、イーヨーは水深15メートルもある、潜水訓練用水槽で溺れてしまいました。

僕が普段より違和感を抱いていたある男の手によって助けられます。

その間、僕は脈絡もなく
ウィリアム・ブレイクの詩句

「おちる、おちる、叫びながら、
無限空間を、怒り、絶望しながら」

を反芻することしかできなかったのに!

この日、2人のおぼれそこないの
子供らのように塞ぎこんで電車の
シートに腰かけ、僕とイーヨーは
家に戻ります。

ーイーヨー、どうしたのかい?
まだ苦しいの?と問いかけると、

ーいいえ、すっかりなおりましたよ!と
力をこめて答えました。

僕は沈みました。
これからは泳ぐことにしよう。
僕はもう泳ごうと思います!と。

僕は沈みました。
これからは泳ぐことにしよう。
僕はもう泳ごうと思います!

この箇所を眼にしたとき
私は本当に驚いて
大好きな人に電話をしようかと
思いました。

自分のかばんのいらぬ重みが
下方へと落下し、軽くなったそれがすぅっと
すぅっと水の中で足をけりだして、
前進していくような、
逃げていくような感覚を
膝の上で感じました。

僕は沈みました。
これからは泳ぐことにしよう。
僕はもう泳ごうと思います!

何度も何度も読みました。
読めば読むほど
私は自分の手元から
逃げていくようなかばん
ーイーヨーに、、
ねえ、待ってって、ぎゅうっと後ろから抱きしめてたく、その背(かばん)を追うようにひっぱられるようにして席を立ちました。

いけぷくろ、いけぷくろー

池袋は雨でした。

私はぼぅっとしながら、丸の内線の改札をペっとやり、かばんーイーヨーとの体験を探しました。

ある体験。
生きようとする意志。

ある体験。
無限空間への沈みと
私のかばんとイーヨー。

posted by にしもとちひろ at 18:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 私の日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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