2010年10月26日

ホロヴィッツ先生と欲しかった月光

先の休日は
一九八六年の幻といわれたらしい
ホロヴィッツ先生のモスクワコンサートの
を聴いていました。

モスクワコンサートは幻とか、伝説とか、呼ばれる歴史的な大成功でしたが、その三年前のNHKホールの日本コンサートは日本のファンも驚く大失敗で、先生は本当に本当に苦しんだと伺いました。

そんな経緯を聞いたばかりだったので余計ですが、私はちょっとききはじめただけで、びっくりして、なんとなく、もうダメだと思いました。

何がダメなのかわからないが、聴きながら、もうわたし、ダメだ〜って思いました。

途中から映像でも見始めたら、ぎゃーもうダメだ〜っ、私、立ち上がれないって。

こう書くと、私は表現能力のなさに、永遠にものを書く人間にはなれないと思って、ショックだけど、でも、もうダメだ〜って思ったのです。

バカみたいだけど。

私はホロヴィッツの音というものなのか、なんなのか、あれは音でしょうか?運動の証なのでしょうか?生きているという、こういう力強さやせつなさをしっかり表現できるのかぁと、寂しいも苦しいもすごい力だ、ホロヴィッツ先生は「わたしのこの孤独や寂しさを誰にも渡しはしませんよ」ってなかんじで指をまっすぐにして(ほとんど曲げずに)鍵盤を叩いているのです。

あんなに追い込んで、出た音って、出せる音って、こんな音なんですか。とにかく、まぁ、映像をみたことで余計にびっくりしてしまって、絶句状態でした。

私は天気も天気ですし、いろいろしなくちゃいけないこと、考えないとダメなことだらけだったのだけれど、もう何の力も入らず、放心状態で、ぼーっとしてしまい、明らかに、もう私は立てない、ダメだ〜って思って、曲をずっとかけっぱなしにしていました。

その前の日の晩の帰り道、月が綺麗で吸い込まれそうだなと思った後、夜中ずっと聞いていて、朝も昼も聞いていて、ちゃんと意識して、立てたのは夜20時30分ごろだった気がします。

ってくらい、びっくりしたのです。(あなたの生活どうなってるんですか?っだけど。あ、でも途中で大好きなエクレアは食べたよ。)

ちょっとしっかりしなきゃと想って、私はずっと何時間も何時間もリピートしていた曲を消して、音のしなくなった部屋で、大江先生のイーヨーじゃないけど、立とうと、立つことにしました!と小説仕立てに自分に言い聞かせました。

そう、それから私は、48分の電車に乗るために急いで、ホロヴィッツ先生を背中におぶって、雨に濡れないように必死に走って駅までゆきました。

川越市行きはガラガラでして、私はホロヴィッツ先生に、うちのお母さんにお会いしてくれますか?ねえ、先生、彼女が小さい頃、私たち家族に弾いて聴かせてくれた「月光」(ピアノソナタ)はなかなかだったんですよ、もう一度聴きたいんですけどねえ、一緒に弾いてくれませんかねえ、と心の中でつぶやいて、先生の身体の雨粒をたくさん、たくさん拭きました。

あ、でも、うちのピアノ、YAMAHAっていって、
調律をでももう10年もしていないんですが、先生、大丈夫でしょうか。

ええ、ぜんぜん大丈夫じゃないでしょうね、神経質そうな先生のお顔の表情が解けた気がして、私は安心して窓の外を観ていました。

すごい雨。

私は真っ黒な窓に叩く雨粒の音に、先生が長い長い指先を置くようにして鍵盤を打つのを観る様な気がしました。

「想ったとおりにいかないって、そう、悪くはないんですよ。」

駅につくと、迎えに来てくれた母の車が見えたので、ドアをあけて、私はただいまといいました。

すごい雨ね、母は言いました。

そうだね、と私は言いました。

posted by にしもとちひろ at 19:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 私の日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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