2010年11月30日

都市と存在

わたしは外へ出るのが好きじゃない。ネクラでひきこもりだと思う。

外からそうはまったくみえないらしいけど、実はそうだ。

別にショッピングがすごいすきでとか、ポジティブな意味でまちへ出かけているのではない。別にネガティブな意味でまちへ出かけているのではないんだけれど、うまくいえないな。

ミシュランガイドを読んでいても、路上観察学の本を読んでも、書を捨て、町に出よを読んでも、五十嵐先生の、藤森先生の建築ご案内本を、鈴木先生の、中沢先生の地霊の本を読んでも、もちろん、頑張る商店街77とか、まちづくり成功本を読んでも、(精神的にも物理的にも)まちへ出かけたいと思わない。

特に後者あたりは、絶対出かけたいなんて思わない。むしろ逆だ。この手のものが語りかけてくるような話から全力で逃げたくなる。「がんばってます。」とか「これが成功です」なんてそんなメッセージを発してしまうのはやはり、恥ずかしいことだ。

そんなヘソマガリなわたしであるが、なぜか、見田宗介先生の本を読んでいると、わたし、また、外へ出かけようと、(精神的にも物理的にも)思う。

昨日の夜、家に本が溢れて、自分の部屋が歩けなくなってきて両親に叱られたので、整理というものをしようと思っていたら、先生の『まなざしの地獄』が出てきた。

一ページ目の「都市とは」という文章を眼にした。

ー都市とはたとえば、二つとか五つとかの階級や地域の構成する沈黙の建造物ではない。

 都市とは、ひとりひとりの「尽きなく存在し」ようとする人間たちの、無数のひしめき合う個別性、行為や関係の還元不可能な絶対性の、密集したある連関の総体性である。

先生のこの文章は直截的な糾弾を背負う文章である。だけれど、そこには詩的さや装飾や誇張、鋭敏な感性の無駄は一切削ぎ落とされている。

わたしにはこの、緊張感のある「ホウセツ」がたまらない。

posted by にしもとちひろ at 15:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 私の日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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