2011年03月04日

近江の朝に 2

何かにつけ、少々過激であるように
一工夫、中身のない言葉を並べ、そう仕向けることで、
海原に一瞬の波が立つ。
容易とは言い切れないが、風とともにそれは確かに立った。

(過激といったって、少々目立つくらいの意味で使っている。
あしからず。)

一方、ごく僅かの小波を起こし続ける方法は
ちょっぴり過激であるようにくらいのおまじないでは
生じさせることができない。

私たちの観られる、限られた時空を越えて、
その運動を大海原の無限に、私たちの存在が消えようとも
残りし、僅かな小波の運動となれば、なおさらだ。

それはいわば、
未完たる連綿、いや、連綿たる未完の運動文様へ
私たちの身体を、いかに織り込めるか、だ。

始まりも終わりも、意識されぬ(させぬ)よう
運動文様の中へ。

尖鋭なる友人たちのプレスリリース発信に寄せて。
リリース、後の小波と。

いや、その前に敬服と。

私はここ数年プレスリリースなるものを
1本も出していない。これは企業体としては
休眠状態であることを意味する、ことはわかっているけど、
どうしても出す気が起こらない。

波立たせることに憧れつつも、己の非力ゆえに倦みやすく、
その倦みやすさが、いずれ、吉と出るのか、凶とでるのか
全くわからないから、不安な日々だったりもする。

そんなとき、いつなんどき、いかなる歩を、いかなる盤に。

その自然な様に、自然な体に、
想いを馳せよ、馳せよと、竹生島の謡う。
posted by にしもとちひろ at 00:11| 私の日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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