2007年11月26日

通行量調査な1日

感動の裏側には生命があると
いったのは誰だっただろうか。

日々目にする風景は
私の人生を規定している。

今日長らく見ていた風景によって
(いや、今日は通行量調査で1日ほぼ同じ風景をみていた)
自分が規定されているとは思いたくなかった。
明からなる生命なのに。

でもこの眼前の風景、一点は
このまちの全体と必ず関連している一点なんだ。
そう、この目の前のパチンコ店は嫌いで、
はっちゃんの家のたたずまいは好きといっても
それは全部がこのまちである。

坂川が綺麗になって、今まで見られなかった昆虫が戻ってきて、
**公産所有の歴史的建造物が当たり前のように壊されて、
ワンルームマンションがたって、
そういうのは全部、このまちの暮らしに知らず知らずのうちに
影響しているのだ。

各々から相互生成的に生み出された
環境によって、絶えず互いに影響を受けあっているのだ。
気づかぬうちに。

たまにカウンターをカチリと押す。

ふふふ。頭が紫色したおばあちゃんが近づいてくる。

「あんた、こんな、寒いのに、とおる人数えてるの?」

「はい」

「どんな商売なんね。」

「・・・(ニコ)」

「(ニコ)風邪ひかないようにね。お大事に。」


・・・お大事に!!!いわれた。笑

私は寒さと眠さでぼぉっとしている意識のなかで
このまちのまちづくりはどうしたらよいのかなと
考えた。

私は、そう、パチンコ屋の隣に座っていたのだけど、
あ、人が来るなってドキドキして待っていると
その人たちは8割がた、パチンコ屋に入ってしまって
私の目の前をちっとも通り過ぎてくれないのであった。

ちくしょうだな。

まちづくりをオウム返ししていればなんとかなる
みたいな偽運動論ではなく、
この言葉にこめられた先人の志を温めるようにして
わたしたちはどういう運動をしてゆけるのだろうか。

はっちゃんの言う、風土とは
決して過去にとざされたものでなく、
未来へ開かれたものであると
その中で、今からでも紡げるものなんだと
しんじてみたく思った、1日。

追伸

はっちゃんは私がこんなに大好きなことを
きっと全然知らないんだろうな。

はっちゃんのことを想いすぎて
カチカチしながら、てんぷらの匂いがしたんだよ。

ああ、はっちゃんちの海老てんぷらで
ほっぺた叩かれたし。



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2007年08月10日

あの日から1年

よさこいの匂いを思い出す。
街路市の艶やかな色合いを思い出す。

そう、私は去年の今頃、高知にいた。
早稲田の卯月先生の夏合宿で。

鏡川を何度も往復する。
桂浜まで自転車で行ったら
ワンピで大きく開いてた背中が丸こげしてしまって
そう、冬までこげ茶色が落ちなかったね。

「そんな露出してちゃだめだ」
沿道走ってたら、植木に水やってたおじさんが
飛び出してきて、怒ってくれた。そのとおりだね。

よさこいはよかったんだけれど、楽しそうだし
でも商業イベント化していて、商業イベントのどこが
悪いんだという批判はおいておいて、個人的に
高知元祖よさこいがこうなったことはショックだった
というくらい私の想像とは違ったんだ。
よさこいは阿波踊りの徳島以外全県に広がってるらしいよ。
私はそれもショックなんだ。日本の地域らしさはどこに
行ったのかって。そんなもんねえよ、しらねぇもんっていう
哀しさは私が死ぬまでつきまとうだろう。だからこの
仕事をしているのだろう。

私は自分の子どもには
いくらしょぼくても川越音頭を踊ってほしい。

でも、あの高知での時間は、仕事以外で地域を訪れたから
緊張感なく居られて、なんとなく自由で、あの場所に
包み込まれているような温かさを感じる時間で
日本にはまだ見ぬたくさん素敵なものがあって
仕事で辛くて泣いている場合じゃないんだと
思った夏だったんだよ。

あれから1年も経ったけど、私は
何か変わったのかなと思う。

いろんな優しく熱い力強い人に会えて
それが弱い私には辛くもあり、幸せでもあったんだけれど
私はもっともっとそういった自分を支えてくれる人に
ありがとうと伝えられる方法が、何も恩返しができていなくて
ごめんなさいと伝えられる方法があったらいいのにと
そればかり思うんだよ。

Attitude determines altitude.








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2007年06月26日

【日記】番頭、裸体に興味示さず、これ街の日常かな

ついでだから風呂について
いくつか記す。

私は女の子らしく
お風呂が好きなのといいたいけど
別にどうでもいい。

でもシャワーを浴びて
修行僧のように床に体育座りしている時間は
好きである。
ぐわわわわーっと浴びて、首筋に
感情が流れていくと素直になれる気がする。

でもぎゃくに、私はよくあるビジネスホテルの
シャワーの水量がめちゃくちゃ強くて
当たると胸が痛くなるシャワーはちょっと苦手である。
なんか孤独を感ずる。
ただでさえ、ビジネスホテルは寂しくて苦手なのに
朝、あれを浴びるともう仕事にいけないくらい
寂しくなってしまうのだ。

*************************

さてさて、今回わが家のお風呂が壊れて
みどりとさっしいは近くの江戸遊という
銭湯に通っているのだが・・・

まあまあ、あそこは広くていいけどなんとなく
銭湯という響きからくるノスタルジックな憧れは
踏みにじられるから、そんなこと覚悟しておいで下さい
みたいな顔している店員を見ると、このお金なら
こんくらいのサービスだなとか、お金のことをいつも
思い出しながらお風呂に入ってしまう。
そんなの、いやだ。

まちづくり的に言うと
スーパー銭湯的なところ行くと
まずはじめに受付の男の説明を受け、
鍵を手首かなにかに巻けといわれて
非常にさびしい気持ちになるが、
体は確かに綺麗にはなる。

まちづくり的な場所として・・・皆さんに
おすすめできるのは・・・えっと
我らのご近所であれば、御徒町の燕湯であろうか。
なんか汚い汚い商店街を越えて、わかりにくいところに
あるのに立派な松がお出迎えしてくれていい感じの
銭湯だ。

pic1.jpg

でもね、あそこは体が綺麗にならないという
問題点があるのだ。
なぜならば、燕湯には石鹸、シャンプーがないからだ。
近所に住んでいるらしいおばあさんとの
コミュニケーションと交渉により
それらを獲得せねばならない。

誰もいない時に行くことはめったにないが
いないと悲劇である。
タオルだけは買えるのだが、おぃおぃ痛いよぉと
それで摩擦を起こす程度の手法しか
ないのだ。

でもたいてい、居てね、皮だけしかないおばあちゃんが
私をじぃっと見て、「あんた全部かしてあげる」
みたいなことを言って、100円ショップで買った
みたいなかごをタイルの上にスライドさせてくれるんだ。

「ありがとうございます。」笑うと
ゆっくり立ち上がっておばあちゃんは
湯の中に、すっくとたっている。

白い。おばあちゃん、白いなぁと
横目でチラ見して、いろいろ想像する。
ああ、戦争をご経験されたのかなとか
おなかは帝王切開かなとか、手術かなとか
何人に乳やったのかなとか、
着付けは上手だろうなとか、
ああん、目があって、ドキドキしてしまう。

ニコリ。
さぁさぁ、お借りしたシャンプーで
髪をごしごし洗う。

さぁ、いよいよ湯に入るのだが
50度の高温とある。

一瞬にして
ほんとの意味で天国だなという暑さの中で、
意識が朦朧としてくるが隣のおばあちゃんが
心配だ。ご無事だろうか。目をつむっていらっしゃる。

おばあちゃんがタオルを頭に
乗せなおすのを確かめて、ほっとし、
私は次に、壁面の富士をじっと見つめる。

私はここが好きである。

なんか小汚いし、番頭も冷たい男の人で
私の小胸裸体なんて全く興味もなさそうで
ひたすら男湯のほうに向かって
「そこでうがいしないで」みたいな
ことを大声で注意しているんだけど、
まぁ、私はあの風呂屋が好きである。

壁面は
御徒町に住み、働く人々の日常の視線を浴びてか、
描き換えられすぎてか、デコボコで
上からぶかっけられたニスでテカテカ光っている。

私はこの生命が好きだ。

posted by にしもとちひろ at 21:25| Comment(0) | TrackBack(1) | まちの風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月01日

野川とかいう川がいかにも冬らしさを演出してくるから

雨が止んだんだよと町並みが教えてくれる。
傘を雑にたたむ。
傘のヒラヒラを一枚一枚丁寧に
たためるママだったり、同居人のみどりだったりを
思い出す。

雨上がりの喜多見は驚くほど静かで、
野川とかいう川がいかにも冬らしさを演出してくるから
昔付き合っていた彼とかわっぺりを歩いたのを思い出した。

もうほとんど干渉もないのに
守ってくれてる感、応援してくれてる感
でも本当は勘違いで違う日常を生きてて、別個の人を愛し抱いていて
それでも私は彼自身の悩みもがく生き様も、
自分とは二度とともに歩めないそのせつなさも、
何もかも愛しているんだな、というような感覚を
覚えながら、ふと道を折れると
今、地に落ちたばかりのような、鮮やかなさざんか。
抱き重なる花びら。その抱擁と。
posted by にしもとちひろ at 03:22| Comment(0) | TrackBack(0) | まちの風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月21日

コンポジのビル壁面★ギャラリーイベント始動!

早稲田の帰りにテラちゃんの街@渋谷に寄りました。

DSC_0004.jpg

DSC_0005.jpg

詳細はこちらをクリック!

tera.jpg
posted by にしもとちひろ at 18:50| Comment(0) | TrackBack(0) | まちの風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月13日

観に行こう★18日〜コンポジ@センター街

雨。
寒すぎる。
心細い。

テケテケテケテケ

アムウェイの前の坂を下ると
その隣の壁にコンポジの壁画が目に入って
素直に超うれしかった。

ウェブを見たら、どうやらこのビルはジュネスビルというらしくって、
ビルオーナーがアートにとても興味を持ってらして、
実現した作品ということだ。

legal92.jpg

詳細はこちらをクリック


マチイロvol.2のトップでも
ご紹介させてもらったコンポジは
渋谷を拠点に壁の落書きを
グラフィティーアートに変える活動をやっている。

来る18日より、渋谷のセンター街のあのビルを
また描き変える。

今はこれ↓
20060912-20060322-shibubil2.jpg

■期間
2006年9月18日(月・祝)〜9月26日(火)
■会場
渋ビルヂング2〜5F (東京都渋谷区宇田川町24-6)

今回のアーティストさんは
〇KRESS
〇KANE
というお二人?だそうだ。

アーティストについても、
このビル壁面に絵がかけるようになったその物語も
もっともっと・・・・・知りたい。

posted by にしもとちひろ at 20:06| Comment(0) | TrackBack(0) | まちの風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月24日

YSF02 ダーリン★素敵な休日をありがとう

8月20日は素敵な日だったから
心からありがとうといいたい。

20日、用賀サマーフェスティバル(YSF)
が今年幕を閉じた。

img290.jpg

用賀商店街のフラッグに
スポンサーつきバナー広告がでていたこと。
独自にスポンサーをとって
ちゃんとお祭りのファンドレイズにしていたこと。
素直に感動した。

ちょっとだけインターン成果というか
お礼ができたかもと嬉しかった。
何にもお手伝いできなかったから。

でもそれより

「ワァーニシモトサーン、キテクレタンデスネーワァー、ワァー、アライ ヨバナキャ」

キムがお酒を買ってくれてJIMOTO灯で
飲んだこと。

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(ぼけちゃってて見えないけど、JIMOTO灯 アートチームの
ムサビの子達がつくったって言ってた気がした、ちなみに写真はキム)

新井がまたやくざの親分に話しかけるみたいに
お礼の電話をくれたこと。

315のシンポジウムに来てくれた子達に会えたこと。

私はYSFが地元の人たちでできていたこと
ずっと忘れないと思う。

子どもも大人もおばあちゃんもおじいちゃんも
カップルもいたね。
あんな祭りをゼロから立ち上げてイチにして
今年イチを二にして、あんたたちが卒業して
次の代に引き継ぐなんて
そんなドラマチックなことするタチじゃ
一見ぜんぜんないのにほんとによかった。

素敵な休日をありがとう。

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posted by にしもとちひろ at 15:57| Comment(0) | TrackBack(0) | まちの風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月11日

高知は素晴らしい街であった【人編】

高知は素晴らしい街であった。
土佐弁はめちゃくちゃ可愛いし
30万くらいの街の人の行き来はとても心地よい。
道を歩くといろんな人がわけなく話しかけてきて
ティッシュ配りやキャッチとかしか話しかけない東京との
違いに素直に驚くのである。

おとついだったか、ノースリーブを着ていたら
「長袖を着なさい」とおじいさんが
真顔で叱っている。「ごめんなさい」と言って通り過ぎようとすると、
おじいさんもノースリーブの肌着で、まさに今庭いじりから飛び出してきた
ようなかんじだ。本当に高知は暑い。
何より熱風というか日差しが半端なく強く、
私はかなり焦げてしまって、指輪をとると
それがよくわかる。日傘の売上は1位だそうだ。
よく見ると、みんな長袖を着てる。
観光客とよそ者だけだ。こんな無防備な格好をしてるのは。

今日はバックパックを背負う私が当然アルプスに行く
高知の女だと思ったのか、
おばあちゃんが土佐弁で
アルプスにじいさんと登ったらしいことを全力で話してくれた。
私がおばあちゃん、違うんです、
東京から「市(いち)」の勉強に来ましたというと
変わったおなごじゃみたいな顔をして大丸に
入ってしまった。でも大丸に入る前、
さよならとおばあちゃんがとてもさっぱり言って、
その横顔に一瞬泣きそうになる。
高知は大丸がある。イオンが出来て大変だと言うが、
帯屋町商店街もはりまや商店街も大橋商店街も元気だと思った。
そして商店街には高知女子大学生のエスコーターズの活動の証がよく見える。
※エスコーターズとは:高知女子大の学生主宰のまちづくり活動団体

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【喫茶店のウィンドウに貼られているステッカー】
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【エスコーターズが商店街と一緒に設置し、維持管理しているゴミ箱】

昨日かな、タクシーのおじちゃんが笑って手を振っていた。
私じゃないと思って、答えずに過ぎ去ろうとすると、
「ねえちゃん、他の3人はどこいった?一緒じゃねんかい?」と
聞く。私がわからなくてぽーっとしてると、
3日前に私が自転車で走ってるのを見たと言う。
凄い。何しにきたのかと聞かれたから、
「市」の勉強にと言うと、隣のタクシーのおじさんの方を叩いて、
けらけら笑っている。地元民の日常に当たり前のように存在する
「市」を研究に来た私達は相当珍しいらしい。

あと高知はお魚とお野菜が本当に美味しい。
「市」を何十回も往復したから、たくさん野菜をもらった。
トマトとかきゅうりとか。カツオは信じられないくらい柔らかくて臭くなく
東京で食べるカツオは一体、なんなんだろうかと思った。

一緒の研究班でかなり天然で可愛かった博多女のサコちゃんと
バイバイするとき高知はどうだったかきいたら
「えっと・・・健康的なまちだと思いました」とハキハキ答えていて、
たしかにサコちゃんのいうその通りだと思った。

私は高知最後の夜は、うちのママの友人のおばちゃんの
ご好意で老人ホーム
(地域にとても開かれているホームで
かなりまちづくりだと思って感動してしまった)に泊まらせてもらえた。
私はそのおばちゃんが大好きで
15年ぶりくらいの再会だったのだけど、
あぁ、ほんとこんなお母さんになりたいなと思った。

で、たぶん彼女の子ども2人の話で盛り上がったせいで、
その晩、私は子供が出来た超リアルな夢を見た。

よくわからないが、もう3歳くらいで
男の子だった。土佐弁をしゃべっていて、超可愛くて
私は毎日打ち合わせに一緒に連れていっていた。
夢の中で私は、その息子のおかげで、仕事がはかどり、順調な生活だった。
いつもそのフサフサした髪を撫でたり、
あまりの愛しさにほおずりをしていたのだけど、
うちの息子はそんな私の信じられないくらいの愛情を
全身に受けながらも、カツオのキーホルダーみたいなものを
いじっていて、けろっとしていた。でも可愛くって
なんでこんな愛しいものが世にあるのか不思議だった。
彼はおわんをそっと抱えた時のような温もりでできていて
冷え性な私のお腹にあたる息子のお尻はとても心地よく
私はきっと母親になったら、こんな風に幸せなのだろうかと感じた。

夢なのにめちゃくちゃリアルで私はきっと高知が
純粋に好きなんだと思った。うちの息子の初めての
おもちゃには鳴子を買おう。

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【商店街内でよさこいを踊るこどもたち】
posted by にしもとちひろ at 09:18| Comment(0) | TrackBack(0) | まちの風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月06日

【南国高知より】会社を留守にして思うこと

会社を運営していると、毎日本当は
些細なことでも、嬉しさや喜びや楽しみがあるんだろう。

ただ一方で、時に耐えられないような、
大きな困難や苦しさにぶつかるのだろう。

何のスキルもない私は起業にあたって
苦労するだろうなと思っていてけれど、
欲しい未来と何より、日常に強度が欲しかったから
苦労するだろうという意味において悩まなかった。
社会に資するような
意味があることをしたいとか、えらそうなことを言っているが
単に自分の胸を一瞬一瞬打つような強度が欲しかった。
常に陳腐化する日常、未来に息吹を送り続ける日常が欲しかったんだ。

こんな風に起業した私だったが、困難に直面しつつ、
それが辛いというよりは、最近日常に不思議な寂しさが
やってくるようになった。

私は困難を快感と思うくらいにタフには全くなっていないのであるが、
昔より困難に対して恐怖感を覚えなくなった。
大胆に動けているとは違うのだが。

それは単に自身が成長したというのではなく、
困難さを乗り越えようとしながら、
率直にいうと体当たりはせず、うまく流せるようになったから
だろうと感じる。

だから情緒不安定さは少しは緩和され、ずいぶん楽に
恐れずに毎日を送れるようになった。

だけれど、その分寂しさが増えた。
口ではあらわせない、しゃべってもしゃべっても
働いても働いても、その分何か寂しく感じるようになった。

それは強度を求めながらも、自らは強度=困難さに真正面から対峙する
ことで得られるものから自然と逃げてしまっているからだ。

それを精神的に強くなったと呼んでもいいのかもしれない。
それを精神的に弱くなったと呼んでもいいのかもしれない。

高知の日曜市は観光化してしまったんだよと地元民嘆くとしても
臆病な経営者の目には、優しく温かい。

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posted by にしもとちひろ at 21:20| Comment(0) | TrackBack(0) | まちの風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月02日

神田のコミュニティに出会う

私は神田錦町というところに
ご縁あってオフィスをおかせていただいている。

同じく神田にオフィスを構えている
学生時代に働かせていただいてお世話になった
大好きな(超イケメン)のおじさんが
せっかく近くにいるんだからご飯でもいこうと
誘ってくれて行った。ずっと会えなかったから
久しぶりの再会。

10時過ぎだった気がする。
私はちょうどオフィスに初ゴキブリが出て
発狂寸前だった。男性諸君が怖がりながらも
叩いて始末してくれて本当に感謝した。

男性諸君が帰ったあと1人でいたときにゴキブリに会ったら
私は二度と立ち上がれないと思う。ゴキは本当に苦手だ。
だからもう大至急ここから脱出しないといけないと思って
飛び出た。

ブゥーン、自転車で外堀通りを大手町と反対方向にいくと
小川町とか淡路町の駅のちょっと前に司町2丁目の
交差点があって、そこの飲み屋に連れて行ってもらった。

びっくりしたのだが、まちづくりの拠点飲み屋のような
感じでたくさんの写真が飾ってあった。
お母さんの娘さん19歳が、めちゃくちゃ味がよいのである。
私は羨ましいと思った。この娘さん、かけがえのない経験してるなと。

江戸っ子ののりで、人を痛ませない冗談と
とにかく間合いが綺麗だった。

その子のおじいちゃんが竹でとんぼをつくるといって
お土産にくれた。

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バランスがスゴスギルのである。
日本のものづくりばんざーぃ。

フローレンスのオフィスに帰ると
こっしぃがめちゃくちゃこのトンボで大興奮してくれて
嬉しかった。

確かにでも「本当にすごい」んである。
指先にでもほんのわずかな点でも
机の角っこでも、椅子の縁でも
なんでもとまれるのだ。

そのお店はやっぱりカウンターが
L字でぐるっとあって
4席だけその外にあった。

コミュニティが産まれる飲み屋の構造である。
posted by にしもとちひろ at 21:22| Comment(0) | TrackBack(0) | まちの風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月01日

街の彫刻たち 

オフィスに向かう時、誰にも会わないが
彼はいつもじっと道路を見つめているから
毎日見ているよ。
はじめてみた時、君は耐えられないほど
衝撃だったんだ。

たぶん君の顔もそうだけど、
頭の上の鳩が結構怖いんだ。

君は夜も結構怖いが、一番怖かったのは
早朝始発で帰ろうとした時
何日か君の顔に泥のようなものが
斜めにシャーシャーとかかっている日が
続いたことだよ。

あと打ち明けるとね
私は夜中、何度も君に近づいて
撫でたりしてるんだけど
君はいつも上手に鳩と共生しているね。

ホンモノの平和が来た日に
きっと君は鳩を放つのかな。
放つ瞬間は、隣の隣のビル地下に生息中の
私に声をかけてね。

またこの季節が来たね。
8月のこの平和焼けした絶えがたき暑さよ。

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2006年07月23日

小劇場tinyaliceに行く

鈴木厚人の演劇を観にいく。
新宿2丁目のタイニーアリスに。

厚人は劇団印象を主宰し、もう数えたら8作目になるんだ。
すごいな。本当にそう思う。
すごく久しぶりに厚人に会ったから
それだけで嬉しかったのだけれど、作品『友霊』が
今までで一番よかったのでもっと嬉しかった。

yuurei.gif

厚人に会うと、沈殿した想いが少しずつかき混ぜられて、
いつも小さな勇気をもらえる気がする。
ありがとう。

出口のところで厚人ママに会ったよ。
すごくかっこいいお母さんだね、
驚きました。

随園別館に加え、新宿2丁目に新たな思い出。


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2006年07月18日

【新鮮】ねぼすけ

ほっ揺れるハート@大手町
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新木場

新木場に行く。
太陽が濃い。
船が白い。
水溜りが温い。
ナカパイが眩しい。
笑い声もこだましない
高い空の下で
おじちゃんたちが船を
囲み、何かを愛していた。

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2006年07月13日

ローソン 子育て応援コンビニ ついに年内に

ローソンが30周年記念で
「未来のコンビニ」論文を募集し、最優秀賞に選ばれたのが
三重県の主婦花井みさとさんの「子育て応援コンビニ」であった。

噂にはきいていたが、
今年中に首都圏で本当に実現するようで
プロジェクトチーム「子育てママローソンタスクフォース」
が結成され、リーダーには自ら子育て奮闘中の
女性社員が1人専任として就任したということだ。

こういう
住民のニーズ×企業のちょっとしたかけあわせが
地域社会を変える新しいプロジェクトとなっていく
という具体例をみられるのは、新鮮で素敵なことなんだろうと思う。

子育て中の母親が店舗内託児所に子どもを預け、
その店で働ける環境も考えているらしい。
24時間託児所?のわけないか?

でも、ローソンで働く従業員だけでなく
その託児所を地域に開放したりしたら
その「子育て支援コンビニ」は子育てに優しい
地域の目玉というか、拠点施設として機能しうるのではないか。

だから、こんな風に企業がマーケティング戦略の観点からこのような
地域社会との接点を見出し、CSRと謳わずして
結果としてCSRを果たしていく企業活動が増えていくことは
私たちにとってたぶん、幸福なことなんだろう。

ただ、お惣菜屋さんが消え、おばあちゃんの手で握ったおむすびも消え、
下町の薬局も消え、高齢者向けローソン(血圧測定器や
白髪染め、休憩スペースやマッサージチェアがあって、
値札の文字が大きかったりするようだ!
7月1日に兵庫県淡路市(淡路島)と名古屋岡崎市にオープン)や
マツキヨが全国展開していくのを想うと
私たちの日常生活の中にあった多くの懐かしい類のものが
本当に取って代わられる時代になったんだと一瞬どこかがズキっとした。

そういう温かい類のもは代替可能だったのだろうかと。
マニュアル化された、
いつでもどこでも同じクオリティへの安心感と利便性は
もう私たちの生活になくてはならないものだ。

でもそれでも、色あせぬ何か温かいものへの憧れを
消せないのはなぜなんだろう。この身勝手な自分の舌に
自分の手に、問い直してもよくわからない何か。この何か
が欲しくて私はこの仕事を、まちづくりをしたいのかもしれない。
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2006年06月10日

おおさき

久しぶりに泣いたら、大崎の目黒川の桜を
思い出した。

昨日、会社設立シンポジウムから1年を迎えた。
ワールドカップが開幕したと村瀬君が教えてくれた。

去年の6月9日はまだ大崎にいた気がする。
茅場町に越したのはその後だ。

大崎にいた21歳、22歳の季節はまばたきのごとく過ぎ、
大崎の目黒川沿い咲く桜が愛しかったことは確かだったし、
多くの夢が咲くのを見て、人生が綺麗だと思った。
posted by にしもとちひろ at 22:56| Comment(0) | TrackBack(0) | まちの風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月26日

真っ黒な川を渡り終えるあたりで

私の愛する巨人がもうだめになってしまった。
猪口大臣が国営お見合い所をつくると今更知って絶叫してしまった。
まったく、嫌なことばかりだぜ。

よくわからないが、最近、辺見庸さんのことをよく思い出す。
竹橋の3b出口を出て、私はいつも地獄のように汚い川を渡る。
不気味であり、どうしても耐えられない気持ちになるのだが、
渡り終わると私はなぜか彼のことを思い出すのだ。
そして一生懸命生きたくなる。

川越在住だった辺見さんが
川越西口図書館で、たまたま講演されていてママと聞いた。
そこで目にした辺見さんは
『もの食う人々』の著者のイメージとは大きく違って驚いたのを覚えている。

希望が見えないのに、暗くて重くて、でも図太い憧れが
底辺にあるような話しぶりで、彼の社会への希望というか失望というか
強すぎる眼光というか、とにかく私は、川越の浅はかで、のん気な図書館が
ぶっこわれるんじゃないかと思った。

共同通信の特派員時代、ずっとものがかけなくて、
ベッドでオナニーばっかりしていて
気が狂うかと思ったと。苦しかったと。

で、終わった後、川越市民たる聴衆が質問したわけである。
おばちゃんだった。
立ち上がって、彼女はあほな就職活動生と同じように
「とてもためになるお話ありがとうございます。」と言った。
もうその後は覚えていないが、辺見さんは本当に辛そうだった。
おばちゃんの前で、バカな大学生であるわたしの前で
本当に苦しんでいるように見えた。

大学帰り一度だけ、ものすごい形相の男性が電車で前の座席の
ちょうど対角線の角っこに座っていて、
それはたぶん辺見さんだったと思う。
その時も、うまくいえないけど、
梶井基次郎の『檸檬』の最後の
丸善の爆破と似た感覚を覚えた。
その電車―埼京線―の爆破。
夕暮れ時。ガタンガタンと。

それくらい、辺見さんはすごく辛そうだった。
怒りというか憎しみというか、わからないけれど。
それ以来、見かけることはなくなった。

あれから5年。私は松山から帰る飛行機で見た
毎日新聞で辺見さんが脳卒中で倒れ、そして癌であることを知った。
そして本を出されたことを知った。

私はそれ以来、オフィスに向かう真っ黒な川を渡り終えるあたりで、
辺見庸を思い出すのである。

読みたい。

自分自身への審問
自分自身への審問辺見 庸

毎日新聞社 2006-02-25
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posted by にしもとちひろ at 01:07| Comment(0) | TrackBack(1) | まちの風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月13日

今年初めて蚊に刺さされた

金曜日の終電は
泥酔したおじさんがぎょうさんいて、
冷たいはずの駅員が「終電です、頑張ってください」と
出発するのを待ってあげていた。
ドア脇のカップルは酔って抱き合っていたけれど、
顔が見えないほど体を引き寄せても
お互いがどういう顔をしているかが不安なんて
これっぽちも思ってなさそうで、急に寂しくなった。

私はそいつらを眺めていたら
今年初めて蚊に刺さされた。

駅の外にはタクシーが列をつくっていた。
金曜日。街にたくさんの人生が在ることをおもった。
posted by にしもとちひろ at 16:16| Comment(0) | TrackBack(0) | まちの風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月01日

ことしも

桜が咲いたね。
明日の雨で、白い花びらが地面にかえる前に
今年もみておこうと思ったのだけれど、毎年思うけれどやっぱり
この桜咲く1週間はとても苦手。

咲き始めた頃は嬉しくって、調子がいいのに、だんだん
満開近くなると、何か不安になってきてしまって、
家の中にいても、外では桜が静かに
勝ち誇るかのように咲いてるかと思うと、ぞわっとするのね。

無風の中で、ゴミゴミした景観の中でも悲しいくらいの存在感で
咲いてしまった彼女に、なんといっていいかわからなくなって、
そんな桜を切ってしまいたくなる気が狂った日本人がたくさん、
いるんじゃないかなと。

目の前にある死に際の美しさという恐怖をね、
断ち切りたい人は多いんだろうなあと。

そんな風に思うのね。

それがまた、悲しいことに、来年また怖いくらい美しく咲くって
知ってるから余計にね。

KIF_1736.jpg
posted by にしもとちひろ at 23:11| Comment(0) | TrackBack(0) | まちの風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月26日

オープンカフェからみえるまち・新宿

新宿駅前商店街(通称MOA街)
(新宿東口を出て、伊勢丹のほうに歩くと、
みずほ銀行とABCマートの間に左手に歌舞伎町方面に伸びる
ケヤキのある商店街)にて31日まで公道上
オープンカフェをやっています。地デジカフェです。
是非遊びに来てください。

KIF_1724.jpg
■うちのスタッフ(左からムナ、真ん中村瀬、右弟)

私もこの1週間、暖かい日はPC広げて
カフェにいます。

カフェがね、こだわっていて、とても美味しいの。
昨日も1日いたので、たくさん飲みました。
普段そのケータリングのおにいちゃんたちは
渋谷のキャットストリートにいて、
赤いケータリングカーはステッカーだらけ
(近所のショップのお姉ちゃんたちがショップのシールとかを
ペタペタ貼って帰ってくから)で
とても愛らしい感じです。

公道上でのオープンカフェの運営は、
めっちゃ規制が厳しかったのを、昨年あたりから
国交省が音頭をとって全国で社会実験が行われ、
徐々にですが、地方行政がOKすれば、
まち(商店街だったり、住民による実行委員会)主体で
道でカフェができるようになりました。

しあわせなことです。

昨日の朝は、カフェ準備でてんやわんやでしたが、
うちらは、あの商店街にずーっと1日いて、
ほんとに大きな気づきがありました。

今まで何十回も新宿駅前には通っているけれど、
昨日1日中あの通りにい続けたことで、
都市とかまちの匂いがじわっとしみこんだ感じがした
わけです。

例えば、この商店街の下にはサブナードという地下街が
あるんだけれど、その地下の入り口は普段
路上生活者がわんさか寝ていて、人が寄り付かない、
地下駐車場があるからどうしても通らないといけない
というような場所で、独特の臭いがしていました。

「はい、寝ないでくださいねー。」
「はい、寝ないで。はい、座っていてくださいねー。」という
棒を持って乾いた声で巡回する警備員と、
ほとんど動かない黒い路上生活者。
その間を足早にすり抜ける通行者。

雨の日は、湿気と混ざって、
歌舞伎町のネオンの色とも混ざって、一層新宿の独特な
何かを放っていた、そんな場所でした。

で、昨日ふっと私は地下にお水をくみに行った時、
確かにいつもと変わらずおじさんは居たのだけれど、
臭いなとはなぜか思わなかったわけです。
何を思ったのかというと、ただ人の生きている匂いがするなと。

カフェに座って目に映る新宿のまちは、
武富士と原色ネオンビルと、コンタクト屋と
薬屋と電気屋とコンビニくらいなんだけれど、
サブナードの地下階段の匂いも、その間を練る
何十万人もの人と同じ匂いだなと。

ただ人の生きている匂いがするなと。

全く変わらない上に、
明らかに違うのだなと。
posted by にしもとちひろ at 06:48| Comment(1) | TrackBack(0) | まちの風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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