2010年11月10日

小豆島なはなし

突然なんだけど、この数日、尾崎放哉、すばらしすぎる、すばらしすぎる、と思って、彼と一緒に過ごしている。

尾崎放哉は「咳をしてもひとり」だけじゃないんだよぉ。

私が遅まきながら、それに気付いたのは、句集から

鳳仙花(ほうせんか)の実をはねさせて見ても淋しい

を目にしたときで、これはヤバイと思って、ちょっとびっくりして母を呼んだときからはじまった。

お母さん、ちょっと朗読するね、聴いててね。
はい。

ほうせんかのみをはねさせてみてもさびしい

ちょっとつまる。

自由句だからむずかしいんだもん。ちょっと言い訳する。

でも、母は一句目で、ああ、いい句ねえ。

お母さん、よかったです。
すぐさま、同調を確認。

急に安心してしまて、ありがとう、お母さん、句集はここに置いておきますからね。テーブルに置いて出かけることにした。

雀の暖かさを握るはなしてやる

ピヨヨヨオ〜やさしいなぁ。(涙)

わたしは先月、小豆島に居たんだけど、(瀬戸内芸術祭)あそこで放哉が亡くなった、なんて知らなかった。

お師匠の(荻原)井泉水の紹介で「海の見えるところで最期を。」の場所、だということ。

わたしは、オリーブ畑をみて、芸術祭用にパッケージが可愛くなったマルキン醤油(小豆島)なんかを「キャ〜、カワュ〜イ」とか言って買ってたときくらいが、唯一元気だったときで、お姉さんに心配をかけながら、恋人と干潮時だけに現れる砂の道「エンジェルロード」を歩くと結ばれる!みたいなドウデモイイ観光案内を呆然と、泣きそうな眼で眺めて、あとはものすごい鬱々として過ごしてしまったじゃない。

小豆島でこんな句を残された場所だったんですね。
死ぬとわかって8ヶ月、この地で、何千句も残したとか。

寝る前とか、突然、起きちゃったときとか、彼と一緒にお布団に丸まっている。

白々あけて来る生きていた

だいじょうぶ、ちゃんと、できるね。


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2010年11月09日

神楽坂駅から牛込のほうに下りてきて

お父さんの能の発表会を観に矢来能楽堂へ出かける。

私、この能楽堂素敵、いつも思う。

観世家?、うらやましい。
くれないかしら。
くれないわよね。

いいのよぉ。

神楽坂駅から牛込のほうに下りてきて、新潮社の谷内六郎(わたし大好き!)の壁絵を眺めて、うふふって笑って、あー小さいころの弟と私みたいだわぁって毎回思ってクルッて右折すると、なんとも、ひっそりしてて、おじゃましまぁすって小声で言いたくなるような趣、矢来能楽堂。

木造モルタル造りがなんとも、なのだ。

客席後ろの十二畳くらいの空間(畳の間)の風情がこれまた最高で、毎回、嗚呼、ここをオフィスにしたい。オフィスだったらどんなに素敵。

嗚呼、ここに円卓をおいて、macはきっとダメだ。原稿用紙くらいしか、似合わないと思う。公演以外も、観世のお弟子さんがお稽古されていると思うし、そんな様子を眺めながら、仕事ができるなんて。

夢だわ。

嗚呼、うっとり。

私はこの畳の部屋で、座布団の上で野口先生の本なんかを読んでいたら、は!っと気づく。

お父さん、今日の演目はなんでしたっけ。

「野守」?!

何の話だか、まったくわかりません!
予習もしてきませんでした。

ま、いいか。
予習なんてして、本番で
ただ、その話の流れを確認するなんて、芸のない観方はしないでいいって、おっしゃってましたっけね。

その場で感じればよいと。

勉強が苦手な私のことをよく知っててくれて、ありがとう。お父さん。

仕舞だったんだけど、面(おもて)をかぶっているみたいに表情がよくて、「野守」という演目を舞ってるんじゃなくて、親父の「野守」を舞ったって感じで、親父らしい、神経の出た、人の出た、舞だなぁとほんとにそう思った。

「お尻が痛くなっちゃうねぇ」
「まったくねぇ」って
会話を最後に、目の前の寝てしまっていた、3人のおばあちゃんが親父の舞のとき、一斉に起きて、わたしはでもそれが一番嬉しかった。

おばあちゃん!起きてくれたのね!!
ありがとう∞

posted by にしもとちひろ at 22:22| Comment(0) | TrackBack(0) | これが私たちの住むまち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月13日

くすぐったい

にこたまんな、午後。

毎月1回、お稽古ごとのために
にこたま通いをしている。
私がちゃんと通ってる。
1年過ぎた。あいしてるんだと思う。

都心最後?の大規模再開発、真っ只中、
もんのすごい混雑なにこたまんの群衆。

はやく、改札を出ようとすると、
つばめがあの工事用仮囲いで真っ白な空間を
びゅんびゅん飛び交っていた。

子どもがその下でキャッキャ言ってる。
ママはしあわせそうにベビーカー。

しばらく眺めて、
これが、つばめの、故郷か、記憶か、と思って
ふと、後ろをくるり、で、
ブックファーストへなぜか入る。

これまた、突然、ブックファーストにこたま店から
中上健次をすべて持ち出してやろうと思いたち、
探す。(なぜ中上健次?故郷、居場所つながりか、
再開発地帯より彼の居場所を移動させたかったのか、
まったくの、思いつき。)

なんと19歳の地図と峠しかなかった。
枯木灘までいきませんでしたね、中上さん、、、
とか、ブツブツ思い、でも、おうちにあるのに、
なんで、今買わなきゃいけないんだろうね、とか
ブツブツ再度思い、しかしながら購入し、
晴天なにこたまへ繰り出す。

群衆、かきわけて進むと
高島屋の後ろにはちゃんと寂れた商店街があって
私をほっとさせる。

そして、ポツポツと、ちゃんと個店が
入っていて、やっぱり嬉しい!

靴屋(トレトレ※)とか!
※トレトレ出店
渋谷(後に閉店)→青山→
名古屋→大阪→銀座(後に閉店)
→ニコタマ→新宿
そう、ここでニコタマ出店!みたいなかんじ。

さて、寂れた商店街にある、お目当てのトンカツ屋。
特上ロースぜったいあると思ったのに、なくて
えーって、大ショック。ま、いいか。

19歳の地図を読む。

キャベツはいつも最後まで残り、
中上健次のおかずとしては、似合わない食感。

トンカツ・ペロリのおかげで、唇がテカテカね。

多摩川の土手に行く。
裸足になって草に足を下ろす。
くすぐったい。

遠くの野球を眺める。
19歳の地図を読む。

この調子だと夏に熊野大学
(中上健次のつくった私塾)とか行っちゃうなぁ
(おネツで)ってちょっと怖くなる。

でも、山形国際ドキュメンタリー映画祭もそうだけど
毎年毎年楽しみにしていても直前に
私はけっこう、忙しかったりを言い訳に、
結局行かない情熱が多い。

あいしてるものを観て、
失恋したり絶望したりするのが怖くなるのか、
それとも期待しないで待つのが苦手なのか。

でも、そんな臆病な情熱で
小胸をいっぱいにするのも
よくないので、情熱は情熱らしく昇華させて
あげられる、小さな居場所を用意してあげたい。

そう思っている(まる)
posted by にしもとちひろ at 00:09| Comment(0) | TrackBack(0) | これが私たちの住むまち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月12日

このまちで、お能をみて、まって、うたって、まねぼう

やけに引っ越しが多い私だけど、
今までは駅から、会社から近い、
てか、会社に自転車でいけること、
丸の内、渋谷、新宿から
終電逃してもタクシーで2000円以内で帰れるとこ、
商店街がチェーン店ばかりでなくて、ちゃんと
お友達と居心地がいいお茶やごはんができるところ、
光が入るとこ、リビングが大きいこと、
川や自然が見られるとこ、など選んできたつもり。
でも結局、貧乏だから、全部当てはまるとこはなくて、
結局なんとなく居心地が悪かった。
定住できる人、自分で修正できて、ちゃんと
定住できる人をすごい尊敬する。

今度の引っ越しは、地方への引っ越しも念頭において、
しっかりお能のお稽古に通えるまちにしようと思っている。

なぜなら、お能はかわいすぎると思っているから、
単にそれだけだ。

オヤジの書斎にいくと、お能の写真集があって、
小さいころ眺めていて、ほんとすばらしいなと思った。

で、お能に連れてかれると、すっごい退屈なんだけど、
なぜかおやじのお能仲間から
「いい子」とか「かわいい」とか、生きているだけで、
いるだけでほめられたという意識が深層で居心地良く
眠っており、お能は無意識に不思議な世界で
いいものだと思っている。

小さいころ、オヤジの教え方の
せいだと思うけど、内容を覚えようとしていて、
ほんとうに、意味がわからなかったおかげ(せい)で、
内容とか物語はどうでもよく、あの型、空気、静寂、全てが
好きなんだと思ってきた。

教育ってでもこういうことだと思う・・・。

とかいっても、能楽堂にいくと、
3分の2くらい寝てるんだけど、
でも足をふみならすあの音で
がばって起きて、よだれをふいたり
しないといけない。
けど、たまにどうしてもいきたくなる。

流派らしきものは、うちのオヤジは金剛流で、
えりこのパパ(能面彫師)も金剛流なので、
なんとなく、金剛流がいいなとか思ってるけど、
私にはさっぱりんこ、なんだかわからん。

http://nara100.blog101.fc2.com/blog-category-1.html

こういうのを発見してしまうと、金春流だけど、、、
ここの事務局スタッフになって、
そのうち、足袋とか、扇子とか、袴とか、
能面とか、いろいろ稽古道具にも
興味が出てきて、職人さんとか、産地とか取引とか
に興味が出てきて、わーっったのしいーなあっていう
日常がはじまるんだと、勝手に想像する。

このまちで、お能をみて、まって、うたって、まねぼう。

篠山もお能お稽古できるかな。
あの商店街の景色は最高に綺麗。
わたし、篠山能楽資料館発・商店街づくりなら
大成功できそうだよ。
posted by にしもとちひろ at 17:58| Comment(3) | TrackBack(0) | これが私たちの住むまち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月03日

すごい世代間格差

日経の社説より
>5年前の経済財政白書によれば、
>60歳代以上の人は、生涯を通じて政府に払う税金や社会保険料よりも、
>政府から受け取る年金給付や医療保険の補助など行政サービスが4875万円多い。
>一方、20歳代は受け取りが支払いより1660万円少ない。
>両世代の差は約6500万円にもなる。

すごい世代間格差。
前掲ブログ記事
大切なものは食べさせないよ

の絵の通り。

私たちの子どもの世代って
私たちのこと絞め殺したくなるくらい
むかつくんだろうな。
というか、そんな怒りの前に
痛むんだろうな。
いろんなところでものすごくまた
戦争とは違った痛みで、痛むんだろうな。

ふにゃくらさんが
もうさぁ、まじめに数字とか見ちゃうとさぁ、
日本脱出しちゃいたいよねー
って言ってたのをそのまんま、思い出す。

しょうがないので、終わらない歌を聞く。

あのね、生、甲本ヒロトを一昨年、みたとき
私は大してファンでもなかったんだけど
いきなり涙が出てきて、あれれ?んこでした。

でも、あの肩の力がふっと
抜けたあの不思議な感動は忘れられないものです。

でも私はキスしてほしいも大好きなんだよね。
だってさぁ、二人が夢に近づくようにキスしてほしいなんて
歌詞かけないっしょ。

あー、ヒロト偉大。
とか、こういってると、高校生のときと全く同じ。

そういえば、我らが生徒会長、米田美香ちゃんが
もうすぐママになります。

美香、おめでとう。
美香の子だから、愛情たっぷり受けてまっすぐに育つね。

本当に、おめでとう。

おばちゃんにお祝いさせてくださいな。
美香、がんばっていきようね。

千尋

追記
美香、あの日、生徒総会に出ないで帰ったことがまだ
心残りです。ごめん。
posted by にしもとちひろ at 00:19| Comment(0) | TrackBack(0) | これが私たちの住むまち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月09日

あきた

秋田に着く。
台風でまったく電車も飛行機も
だめで、ちょっと困ったけど
のんびり電車でやってきた。

21時半。

真っ暗だよ、秋田駅前!
誰もいないよ。

川反どおりまで行こう。
行けば、とにかく店があるはず。

秋田駅から15分くらいかな。
歩く。

真っ暗.JPG

きりたんぽ、きりたんぽ
唱えながら歩くも、真っ暗で
夜中の2時くらいの暗い中心部に
少し半泣き。

そういえば、私は
こんな仕事をしてるくせに出張が苦手。

だって、ひとりって寂しいし
怖いもん。

ビジネスホテルも苦手。
だって、狭いし寂しいもん。

きりたんぽ、きりたんぽ
きりたんぽ、きりたんぽ。

でも、元インターンのかなちゃんの
故郷「秋田」だと思うと
なんだか、薄暗い市街地も
愛しくなってくる。

かなちゃん、無事、今日、
院合格したんだよ!
ありがとう、故郷「秋田」。

きりたんぽ.JPG
やっと会えたね、きりたんぽ!

kawabata通り.JPG
「昔はタクシーがこの道に入るのを嫌がるくらい
混雑してたんだよ」とお店のママ
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2009年09月22日

下諏訪

突然、下諏訪に行こうと思い立って
新宿に走る。
バスのキャンセル待ちで運よく乗れる。
9時20分新宿発。

ずいぶん寝たなぁ・・・
12時くらいだったとおもう。
まだ八王子にもいっていない!

中央道はすっごいことに。
橋本治を読む。
橋本さんはなんで、
こんな、たくさん、たくさん
文をかけるんだろう。

15時10分、無事?着。

ずっと来たかったまちで
念願のお店(商店街の空き店舗へ新規に出店
(出店というよりは工房兼ギャラリーというのが
正確か)に足を運ぶ。

以前、キノセ君もこの地に来て
店主とコミュニケーションをとっていた。

「あ、あのときのぉ〜!」と
覚えていてくださって嬉しくなる。

20代、30代若手が
縁もゆかりもなかったような
地方の商店街でお店を出している。

「下諏訪なんかじゃ、売れないよ。
インターネットで生計立ててるんでしょ?」

大間違いらしい・・・

なんとこの街で近所の方、諏訪市の方が
いらっしゃるそうな。

松本からもいらっしゃってくださるかたも
いますねえ・・・という
この会話は明らかに「近所」の方が買ってくれる
ということだ、ネット売上が8割とかいう
ことではないんだと信じるのに時間がかかった。

だってそれくらいの田舎のどこでもあるような
ところなんだ。

そこに20代、30代若手がやってきて
なんと商売として成立していたりする。

大もうけなんかじゃないだろう。
でも確かにそこには新規出店のお店が
3店舗あいていて
定休日のところもあったから全部で
6店舗くらい誘致できたんだと思う。

向こうに今後カフェもできるんですよぉ
お兄さんは自然だった。

肩肘はってなくて
本当に自然な日常だった。

posted by にしもとちひろ at 12:26| Comment(0) | TrackBack(0) | これが私たちの住むまち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月09日

東五軒町

なんとなくなんだけど
今度来る、いや、次の次の次くらいに
流行るエリアは
「新宿区の東五軒町」ではないかと
ひそかに思っている。

「中目」の次の「学芸」?や
「谷根千」の次の〜みたいに
「神楽坂」の次の〜みたいに
きてしまうんではないかと。

東五軒町は、位置的には
神楽坂の裏で
江戸川橋でもなくて、みたいなところで
すごい技術を持った
印刷・製本関連の中小企業が集積している。

賃料も神楽坂や江戸川橋や護国寺とか
音羽に比べたら、割安で
味わい深い工房・ギャラリーが
ちょこ、ちょこっとでき始めている。

私はtokyoをぐるぐるぐるぐるまわって
うっふふ〜って、次なるエリアのカケラを
探して、わくわくしているのがとっても好きなんだ。

埼玉もそういうスピードが高まるには
どうしたらいいんだろう。
でもこないだ、村瀬君に見せてもらった栃木の
様子をみていても、今、動きが早まっているなって
思う。

そういう動きがいい触媒だったり、
閉塞感溢れる世の中で
日常の小さな起爆剤になったらいい。
posted by にしもとちひろ at 01:32| Comment(0) | TrackBack(0) | これが私たちの住むまち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月29日

私たちはこうして安心安全を失うの巻

セコムしてますか?
え?してないんですか?

何かあったらどうするんですか?

sekom.JPG

何かあったときのために
何かあったときのために
何かあったときのために

何もない日常が不安増殖装置と化し
私たちは望むとおりに安心安全を失うことが
できています。

ありがとうセコム。

さようなら、私たちの強くて柔らかくて
「生きていた」日常。
posted by にしもとちひろ at 21:01| Comment(1) | TrackBack(0) | これが私たちの住むまち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月31日

片岡球子の力強き様

今日は湿気が多かったね。

珍しく日本橋に行って
(片岡球子展@日本橋高島屋)
雨の空中を、海の中を
お散歩しているみたいな
フワフワした変な日だった。

歩いてたら巨大「せんとくん」を発見。
私は奈良県のご当地キャラ
「せんとくん」のことを気持ちわるいと
ずっとずっと思ってたんだけど
最近、実は「せんとくん」グッズを集めている。
(てほどでもない)

sento.JPG

その変化の経緯はよく覚えてないんだけど
千葉犬を見たとき、
あ、これよりずっとセンスいいなと思った
(から)のような気もするが、
ほんとのところわからない。
(どう考えても千葉犬のほうが可愛い)

gn-20061120-02.jpg.gif

そんなことより、片岡球子の作品を
はじめて生で観られて感動する。

球子はすばらしすぎるのだ。

『富士に献花』シリーズ

富士山をあまりに愛してしまって
富士山に私の描く下手な着物だけれど
1枚、1枚届けさせてくださいといって
富士山の山肌に見事にいろいろな着物の花を
散りばめている。

球子おばあちゃんはすごい。
富士の山肌に触れているようなんですといって
指に絵の具をつけて、キャンバスをなぞっている。

私にはおうちに実はたからものがあって
それは、球子の『富士』という
大型画集だ。

辛いときこれをぱらり、ぱらりと
めくると本当に元気が出てくる。

ついに本物に出会えてしまって
嬉しいわ。

帰り道、歩きすぎて足がすごくかったるくなる。

湿気の多い日本橋でなんだか私は夢のよう。

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2009年05月25日

工事用フェンスが現れ、取り壊しますとの 貼り紙がなされたのは、先々月のおわりの 頃だった

うちの会社の前に
JIRO's CAFEというカフェがあって
JIROさんという名物おじさんと
美味しい珈琲(600円)がその空間にはあった。
たまにお客さんが来ると行った。
長浜の北川さんがいらしたときも行った。
あ、めぐちゃんが来たときも
藤倉社長とかわむと一緒に行ったね。

だけど、私たちにはいろいろな選択肢があった。
珈琲を飲むだけなら、
まず、会社の中にもカフェ280円があったり、
だけどそこはあまりにまずいから、
JIRO's CAFEの隣のビルの1階の
生活彩家の120円の珈琲のほうが
ずっと美味しいよっていって、みんな生活彩家に
通っていた。うちの木野勢君はそんな生活彩家に
行くのも面倒くさくなったのか、うちの会社に
珈琲メーカーを買ってそこでいれるようになった。

私はいろいろな選択肢はあれども、
JIRO's CAFEに行かないことに
多少心を痛めながら、でもあの古民家で
JIROさんが暗いカフェ(ほんと真っ暗なの)奥で
ギョロギョロした眼で座っていることに
安心していた。
きっと今日も座っているだろう。
せっかく来てくれた数人の客にも無愛想に
珈琲を入れるのだろう。
ミルクなんて出してくれなんだろう。
(JIROさんは自分のいれた珈琲をアホみたいに
ミルク漬けにしてしまう市民を心底馬鹿にしたような
口の曲がりがたをしている。=実際私はブラックが
苦手なのだが、結局一度も怖くてミルクをくださいと
いえなかった。)
そう想像していた。

JIRO's CAFEのある場所の両脇は
安田不動産管理の駐車場になっていて、
再開発予定なのだなと
みるからにわかる暫定利用地だったが、
私たちはなぜか心の中で
JIROさんの家だけは、ずっとカフェをやり続けて
死ぬまであのこだわりの珈琲をいれ続けるに
違いないと勝手に思っていたはずだ(った)。

このご時勢、
こんな細い利用価値の低そうな
路地に面した一区画に
経済合理性の失われた
まちづくり手法の大道が
訪れるなんて、そんな愚行は
いまどきあんまり信じられなかった。

元うちの会社のインターンで一番シニカルな
青年だった土方にこの話を昔したら、
「西本さん、どこまでお人よしなんですか?
JIROさんは安田不動産から立ち退き料請求し続けている
最中だから、出て行かないんですよ。」
といっていたのに、それでも私はなんとなく
そんなわかりやすい構図やら理由のわけはなかろう!
ずっとカフェをやり続けて
死ぬまであのこだわりの珈琲をいれ続けるに
違いないと勝手に思っていた。
そんな王道まちづくり手法と珈琲を同じ天秤に載せて
経済価値だけで測れるはずはないのだから
なんとなく、それは、そう思ってた。

ところがである。

工事用フェンスが現れ、取り壊しますとの
貼り紙がなされたのは、先々月のおわりの
頃だった。

わたしらの中に激震が走った。
私はいきなり、両脇の駐車場から
JIRO's CAFEをくるくる周って
脇から、前から、いろいろな角度で
JIRO's CAFEを撮った。

ただ、JIROさんにだけはどうしても
話しかける勇気がなくて、
珈琲も結局飲みにいけなかった。

周辺の人に
「JIRO's CAFE寂しいですね。」というと
「ねー。でも、引っ越される先では
珈琲やんないみたいだよ。残念だねぇ。」とのこと。
でも「珈琲やってほしかったねえ。」
とか、「馬鹿じゃねえのか、西本。あんなおやじ
みるからにカネのことしか考えていないじゃねえか。
バッカじゃねえの。お前、ほんと、よくそれで
まちづくりの仕事とか、してるなぁ」

・・・
少し落ち込もうかと思ったけど、
そんなことよりJIRO's CAFEがなくなることのショックが
大きくって、大きくって、大きくって、
あら、どうしたらいいのかしら、ってかんじだった。

今日も私は生活彩家の珈琲を飲んでいる。

生活彩家の珈琲を片手にJIRO's CAFEの前を通ると
看板が取り外されて、中が解体されていく眼の前で
JIROさんがいらした。
なんだか通行人なんだか?見知らぬ人なんだかが
その壊しちゃうドアをください
(本当に素敵なドアなんだけど)と言ってきたようで
工事現場の人が俺に許可なく「いいですよ」
って言っちゃったらしくて
しらねえやつにやりたくないから、
引渡しの立会いに来た
とおっしゃっていたとある人から聞いた。

生活彩家の珈琲を片手に持つ私は
足早にJIROさんの横を通り過ぎて、
オフィスに戻ってきてしまった。

でも今日は仕事を休んで、JIROさんと一緒に
その脇でJIRO's CAFEの解体現場を
じっと見ておきたいと思う。
脇からとか、上からとか、
正面からとか、中からとか。

でもそんな風にしたいのは
その歴史と今と空間と風を
じっと肌に吸い込ませたいからだ。
忘れてしまう前に
何を忘れてしまうのかを
最後にちゃんと、確かめにいくために。

しらねえやつにやりたくないから。

JIROさん、あのお店での
思い出だけはしらねえやつに
いかないと思うよ。

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2009年05月17日

普段づかいの電車のはなし(ロングシートとボックスシート)

特急とか新幹線とかじゃなくて、鈍行普通列車、
つまり普段づかいの電車のはなし。

私はボックスシート
(2人ずつ向かい合って4人で座るやつ)のある電車がすき。
東海道線、琵琶湖線とか。
18切符のとき、何が楽しいってそれが楽しかった。

なんでかっていうと、
ボックスシートは
会話ができる。
太ったおじさんと足がぶつかる。
ぶつかって謝ったり、笑ったり
同じ景色を眺めたりできる。

でも、通勤通学列車、首都圏とか東北とか、関西も?は
ロングシート。
「7人かけられるのでおつめください。」って貼り紙。
ロングシートなのは、たくさん乗り込めるからだと思うんだ。
私の通勤列車、東武東上線もそうなんだけど
私今日たまたま池袋につく間、ロングシートに
座る前の人たち7人の顔をじぃっと見ていたんだ。

でも嗚呼、やっぱロングシートの距離感は「あかんな」と思った。

なんか、左から
寝てる、寝てる、次が寝ていて寄りかかってくる隣人を嫌がりにらむ人、
次がそのにらんでいる隣人を気にしながら読書、
ガムかみかみ&アイポッド、携帯メール、
週刊誌の中吊り読む&私と何度も眼が合う
の7人であった。

なんか、私はそれを見ていて
戦争とか緊急なことが起こったとき
なんとなく、この7人じゃ戦えないなって思った。

そして対面している、お互い顔のみえない、
こっちのロングシートの我ら7人衆も
まったく同様だろう。

私は個人的には7人の中でいえば、
寝ていて寄りかかってくる隣人を嫌がりにらむ人の
ケツの穴の小ささが本当に嫌い。
「嫌なら立て!このヤロウ」である。
あの睨む隣人のせいで、嫌な空気が連鎖する。

この私が乗り込んだ
ドアの間のロングシートの7×2+立っている2の
16人衆じゃ、まったく連帯、連携できそうにない
雰囲気だと思ったわけである。

通勤ラッシュはもっとだめ。
座った後に、前にEXILEみたいな怖い人たちが
ずらあーっと手すりにつかまると
本当に怖くて、連帯して支えあうコミュニティ
(関係性)結成どころじゃない。

一方、ボックスシートに座ると、あの4人ならば
対話も可能で、例えば終着駅で
まだ眠っている目の前の人に
「着きましたよ!」って起こしてあげることも
できるかもしれないし、夕日が綺麗ですねって
無言の会話が共有できる一体感ができるかもしれない。
赤ちゃんをあやして微笑ましい瞬間も生まれるかもしれない。

ただ逆に不安もある。
閉じられたボックスシートでの犯罪とか。
変なおじさんが1人で対面して、その車両に誰もいなかったら
怖いだろうとか。
みんなの視線が集まらないから、何か閉じられた空間での
犯罪なりも起こりやすくなるのかもしれない。

でも私はまちづくり的にいえば、
開かれており、対話による安心が生まれる
可能性を秘めた、ボックスシートに一票!である。
posted by にしもとちひろ at 22:19| Comment(0) | TrackBack(0) | これが私たちの住むまち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月06日

白い日

じんしんじこで
電車が遅れます。
アナウンスを聞き、みんなため息をつきます。
ふざけんなよと背後から声がします。

とても晴れた白い日でした
とても寒い白い日でした

遅れてやってきた電車に乗り込みます。
改札を出ます。
いつもどおりの日常です。

ただ、あのレールの先で誰かが命を絶ちました。

白い日に。

その遅れは白さにすっと溶けるように。
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2008年12月26日

真空の京都 vol.25

京都のカフェというだけで
むしょうに胸の鼓動がトクトクいう。
また朝のカフェというのは本当によい。
京都の朝カフェは本当に、本当にすばらしいんだ。
嗚呼、昨日、死ななくて
本当によかったと18くらいのとき思った。
進々堂で、だったか、ソワレだったか、忘れた。

京都は不思議な憧れだ。
町屋もマンションや駐車場になるし、
老舗もどかどかつぶれていって、
京都タワーも京都駅も異常なまでに批判されて
でも「みんなの京都」という
イメージが必ず残っていて
「みんなの京都」の幻想読本として
京都本は未だにぎょうさん出ている。

取材をするにでも、何をするにでも、あんたさん、
文学的で芸術的で哲学的な「何か」をもってはりますか?
見せてくれなくても、もってなくても
わたし、一向に構いませんけど、と静かに
相手方より心の小さい部分をぎゅっと見つめられてる気がする。

というか、京都は私にとってそういうまちだ。

誰が「それ、勘違いやで。」といってもいい。
私にとってはそういうまちだ。
勘違いをそのままにしたいから、もうあんまり行きたくない。

こういう勘違いというのは、そうねえ
恋人への勘違いと同じくらい愛しいものである。





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2008年12月23日

ニートのための大忘年会2008のお誘い

我ら、あいする
オールニートニッポンのシゲル君が企画している
ニートのための大忘年会2008、今年も
やってきました。

是非是非皆様、ご参加くださいませ黒ハート

一年で最も寂しい季節がやってきました……。
ニートのための大忘年会2008
http://www.allneetnippon.jp/2008/12/2_18.html
 
■日時:2008年12月30日(火)Open18:00/Start19:00
■会場:新宿ロフトプラスワン
■参加費:当日¥1500(飲食別)/定員:150名
※当日券のみ
※現役ニートは¥500引き(→自己申告でお願いします)
※イベント終了後、朝まで2次会を行います
(会場は引き続きロフトプラスワン)
 
■出演者:
【総合司会】
月乃光司(こわれ者の祭典)
【出演】
巨椋修(作家)
犬山秋彦(ライター/デザイナー)
天正彩(女優)
中山美里(作家/『16歳だった』『Street』著者)
コッペリア(バーレスクダンサー)
赤ペン瀧川先生(エロメール添削家)
MIZK(自由型レーベル『フリースタイルライフ』代表)
東方力丸(漫読家)
ニートスズキ(ニート)
くまき由佳(漫画家/「ゆるやかタートルズ」所属)
丸山鉄平(「オールニートニッポン」パーソナリティー)
夏目涼介(『僕のひきこもりナンパ宣言』著者)
白井勝美(『絶望男』著者)
【パフォーマンス伴奏】
タダフジカ(ギタリスト)
※その他数名の豪華ゲストも交渉中!
 
■プログラム
▼オープニング 乾杯〜!
▼第1部
・トークセッション「激論!ワーキングプア・サバイバル術」
・MIZKさんライブパフォーマンス「人生は自由型」ほか
▼第2部
・女の子のためのラブとエロ
・で、俺達どうすればいいの?ニート男子のための恋愛講座
・コッペリアさんによるスペシャルShowタイム!ほか
▼第3部
・絶望に効くマンガ
・ゲスト陣によるスペシャルトーク!
・エロメール添削!忘年会出張編ほか
※イベント内容等は、変更になることがあります。
ご了承ください。
 
■主催 オールニートニッポン事務局(NPOコトバノアトリエ)
担当:丸山(緊急時は080-5375-7449まで)
問い合わせ:.050-1071-8324 / e-mail. ann@kotolier.org
http://www.allneetnippon.jp/
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2008年12月20日

日本のメインストリートは とてもつまらなくてどきどきしないけど

日本のメインストリートは
とてもつまらなくてどきどきしない。

といってしまうのは哀しいことであるので
どうにか今ある、いろいろ個性あるお店が
残ってほしいなと思って
この仕事をしている。

私の愛すべき破天荒な人たちは
あんな画一的にマネジメントされた
ショッピングセンターでお買い物を
したいはずがなかろう!と勝手に思っているから
どうにか今ある、いろいろ個性あるお店が
残ってほしいし、どんどん個性あるお店が
出てきてほしいと思ってこの仕事をしている。

ただ、この仕事は手垢のついた
商店街支援施策の延長にあるとされ、
多くの大人たちは私たちが一生懸命やっていると
哀れんだ笑みをするんだけど
私は素直に商店街は
その地域の人の文化や生活様式を
照らす見本市のような大切な存在
だと信じている。だから勝手に彼らが
自分たちで補助を出さざるを得ないように
制度を長年つくってきたから、
そういう手垢についてみたくもないとかいって
その自分たちの仕事のものさしで
人々の多様な生き様に変な
レッテルを貼らないでほしいのだ。

これは若さゆえの反骨ではないと思う。

はい、話を戻して、
大抵、路地のほうが家賃が安いからいろんな人が
新たにお店をもてたりして、面白いに決まっているんだけど
でも路地の面白さを引き出したり、
やっぱりブランドを持っているのは
従来からのメインストリートだと思う。

そして特にメインストリートの角地に
あるお店はとっても重要なんだ。
だって、路地のお店を発見したとき、
メインストリートの角地のお店の
名前を覚えていないと、次にまた来られない。

私はどのまちにいくのでも、
そのメインストリートの角地のお店が
どうか大切に残りますようにと祈っている。

私が日曜日、銀座のオーバカナル(泰明小学校前)で
brunchをしにいくのが好きだったのは
「銀座5丁目の東芝ビル1階旭屋書店が
角にある幸せ」とセットだったからだ。
なのに旭屋書店は今年4月ごろ急に閉店してしまった。
私は旭屋書店の本の置き方が大好きだったのに
本当にショックだった。
というわけで、私の日曜日のbrunch後の本屋さんという
日常は消えてしまったわけである。

もう大ショック。がびょりんこである。

私はなぜ神楽坂にいくかって
神楽坂商店街の老舗和菓子屋さんの梅花亭を曲がると
とても素敵な喫茶店があるのだけど、
その一角が大好きだからあの界隈にいっている。

たぶん私はその和菓子屋さんがなくなったら
喫茶店への足が遠のいちゃうと思う。

神楽坂が路地の街なんて
そりゃそうだけど、いわゆる神楽坂の
メインストリートは本当に
チェーン店だらけになってしまって、
結構、近くに引っ越してきて
それが改めてわかるとショックだった。

でも私はあのメインストリートの角地と
その角を曲がったところにある
路地のカフェが大好きだから
この街を大切に思っている。

そんなわけで、私はメインストリートの
路地への曲がり角の風景を
とても愛してやまないのだ。

路地へ曲がる角地は出会いとお別れの匂いがする。
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2008年10月19日

ただいま

川越祭り。
実家に帰る。
この涼しさ。
この時期は一枚上着を着込むと
心は一枚ずつ裸にされていくように
少し怖くなる。
冬に向かうとは毎年こんな感じか。

実家に帰る途中、
川越駅から歩いて帰ったのだが、
どうしても仲町(昔住んでいたところ)の山車
「羅陵王」が見たくなって、山車小屋に行ったら
そりゃ、当然いなかった。
どこの交差点にいるんだろうと思って、
仲町の手ぬぐいを
肩からかけたおじさんに聞くと、
連繋寺のところだという。
普段なら仲町の交差点から連繋寺まで
200メートルほどの道のりも
祭りのときはもう2キロほどに感じる。
混んでいて全く近づけないのだ。

でも、せっかく戻ったのに「羅陵王」も見られないんじゃぁ
何しに戻ったのか、川越祭りをみたとも
いえないので、せめて出来る限り近づきたいと
連繋寺へ急ぐと、「羅陵王」の後ろ姿が見えた。
後姿を見ただけで、やっぱり安心して
涙がでそうになるが、
いやぁ、ご無沙汰しております、ようやく
お会いできましたねという気分だ。

昔の恋人を見つけたような気分で
後姿だけじゃなくて、せめて横顔も拝見したいと
一生懸命人の群れより、背伸びして頭を右前方に
懸命に伸ばし
「羅陵王」の全体をみたいと欲したが、
ちょうちんのほんの一部分しか見えてこない。
でも、きっとあの漏れいづる黄金の光の先には
「羅陵王」の前でコミュニティの歓喜があるのだろうと
想像した。

私は、もう満足です、ありがとうございましたと
心の中でつぶやき、また、再来年
(毎年「羅陵王」、全部の山車は出ない)といって
商店街の老舗・乾物屋の轟屋が
まだしっかりお店をやられていることを
確認して、平澤屋が繁盛されているのを
確認して、「羅陵王」に会えて、涙が出そうな
安堵感と老舗商店が開いておる!という
安心した気持ちを抱えて
家路を急ぐ。

帰ると母の手料理が
テーブルにはみ出すくらい、載っていたよ。

第一声は「羅陵王」見られた?であった。

私を育てし、支えし、ものたちへ。






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2008年09月23日

わたしのすむまち

キートス(喫茶店)に通う。
家で仕事をすると萎えるから
パソコンを背負ってゆく。
キートスのオーナーは
DVDやCD、本を無料貸し出ししていて
無愛想だけど、あたたかくて好きだ。
電源を自由にとってくださいと
ニコリともせずに言う、あのかんじ。
大好きだ。

スタバで電源をとると怒られ、窃盗罪だが
こういう「居心地」を
整えることを、お客様のニーズですから
とか業務的に考えずに、
普通に提供してくれる
この気遣いがやっぱり好きだ。

まちの喫茶店。

うちの家の周りは面としてというか、
界隈として全くいい町並みでもなんでもなく
だめなんだけど、1軒、1軒は輝いている個店が
あって、私はその前を歩くだけで
嬉しくなったりする。

でもすごい可愛いフランス料理店の隣に
馬鹿でかい看板を掲げたチェーン店ドラッグストアが
出現したりしていて、
まちづくりもどきな私はいやー誠に残念だなあと思う。

『小売業の外部性とまちづくり』
石原先生のことが、頭を通り過ぎたよ。

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2008年01月26日

嘔吐「今日最後に会った人は笑っている人でした」

山手線のドア上の
動画広告。

夜中。

仕事帰りの男性がドライブスルーで
マックを買っている。

マックの中年女性が笑っている。

ありがとうございましたとか
いっているんだろう。

そこに
「今日最後に会った人は笑っている人でした」

24時間対応中・・・

マクドナルド

と流れる。

このCMをみると
この世の中は大丈夫なのかと
ホントにいらいらしてしまう。

私は前にも書いたけど
ディズニーランドとマクドナルドが
本当に嫌い。

24時間営業で。
若い男は会社帰りにマックで
中年のおばちゃんが笑っていて
最後に会った人が笑っていて
ほっとしたって。

おぃ!
寂しぃCMだな、山の手線で流さないで。
超疲れてるのに、やめてほしぃ。
哀しくなる。

私はマックに行くと
本当に自分が心底貧しい人間のような
気がしてしまって、遠ざかっている。

「命の食べ方」をみたせいもあって
絶対にもう食べたくない。

おばちゃんが夜中に
ドライブするーで1050円とかもらって
働く社会。
おかあちゃんの帰りを子どもは待つ。
寝てるかな。父ちゃんはどう思うんだろう。
妻は冷え性かもしれないのに
椎間板ヘルニアかもしれないのに
夜中に働かなくちゃいけない事情があるのかな。
マックでスマイル売って、取替え可能な
パートとして、そこ首になっても
また同じような低賃金労働者として
どこかチェーン店でまた働くんだろう。

その肉が
どこからきたかも、そのポテトが
どういう過程でできたかも、
その野菜がどういうとこでできたかも
知らないでただマニュアルどおり働いて、
夜中にマックを買いに来た
男にスマイル、スマイル、スマイル。

おぃ、息子を抱っこして
スマイルであってくれ。

貧しい世の中だなと
おばちゃんぽく憂いてしまうのは
私だけなのかな。

完全に豊かさに敗北した国民だと
思った。

そんな日本じゃいけないと思う。

私はどう頑張っていいかわからないけど
頑張ろうと思う。

私は塾帰りの子どもをマックに通わせたくない。

せめて、まずい商店街のハンバーガー屋で
「おばちゃん、この味まずいよ」といえる
息子にしたい。

頑張って、
「おばちゃんのつくる、ハンバーガー
おいしいね。」って息子が笑って
住めるまちにしたい。

追伸
エビちゃんへ
えびちゃんの宣伝している
えびフィレオ...のえびは
どこでとれたの?
ねえ、エビちゃん。
あんなに可愛くて
いっぱいファンがいるなら、
ニコって笑って、みんなが震えるような
話をいっぱいしようよ。
posted by にしもとちひろ at 02:03| Comment(9) | TrackBack(0) | これが私たちの住むまち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月27日

まちの価値を編集できるオーナーがいない街

人に惚れる瞬間というのは
いろいろあるとおもうが

まあ、昔このブログにも書いたけど
私の場合「本棚」は大きなポイントだ。

何でもない人でも
おうちに遊びにいって、
本棚を見ると私は俄然ときめいてしまったりする。

自分と同じ本があったり、
なかったり・・・まったくなかったり

本棚ってのは、なるほど
持ち主を写しだす
レントゲンよりMRIより
エロティックなメディアだ。

いわゆる本棚萌えである。

うっぷぷ。

「この本私も持ってるよ!」

「わぁ、すごい本たくさんありますね!」

叫ぶ。

すると
たいてい、男たちは必ずこういう。

「その本棚に飾ってあるのはごく一部で
ほとんどは実家にある」だの「捨てた」だの
「別の研究室にある」だの。

「そうなんだー。」私はわかったふりをして
本棚を眺めている。

本棚を見られると恥ずかしい気持ちは
本当にそうだと思う。

あーわかんないけど
妻みたいなものなのかな。
いい男にはいい妻がいる。
奥さんがアホというのは男の質を
著しく下げるから。
全く家の中で女として見られない
かもしれないが、外に出したとき
品と誇りが漂う妻を隣においておける
男はやっぱりすごいと思う。
(ゆえに私はどうやら
結婚計画失敗しそうです。涙)

本屋の質もそうだもんね。
ひとつの本棚の並べ方ひとつとっても
その本屋のレベルがわかってしまうのは
本当に怖い。

おうちの本棚はその人の人生の世界観だったり
人生観がみえる。

無限なる書物の中から人生を、世界を
編集する作業。

アマゾンで買うのか、神保町で買うのか、
ブックオフで買うのか、街の本屋で買うのか・・・

「本棚の物語」という本を私は書きたいくらい
本棚は大切なメディアである。

街にとっても本屋は本当にその街の価値を
決めるメディアだからすごく大切。
古本屋がすべてブックオフにかわっていくのは
ほんと哀しいでござる。
そのまちの価値を編集できるオーナーが
いない街。

地方にいって本屋によると、
その街の文化、成熟度が
わかるといったのは誰だっけ。

私の場合
ベストセラーとか自己啓発本、
いわゆる戦略本、TOEIC本、特定宗教本のみ
を陳列されていると
極度に萎える。

そんなあんた、大前さんの本を
そんなにたくさんおかんでも・・・

女の子もそうかもしれない。
「明日の自分はもっと好き!」
とかいう本とか見ると、その子の部屋から
ダッシュで逃げたくなる!

ま、「頑張る商店街77」がたくさん
おいてある我が家よりキモクはないだろうけど。

自分の家の本棚をそういう風に眺めると
まったくモテそうにない本棚だなと思った。

でも昨今、うちの本棚もよき感じになっていて
まちづくりとか中心市街地とか商店街とかが
タイトルに入っていない本がほとんどを占めるように
なってきた。

よいぞ!よいぞ!
モテない化まっしぐらなり。

私はいつかマニアックな本屋を経営する
ウーパールーパーにしかみえない
偏屈なおばあちゃんに
なるんだろうな。

寂しいので、皆様
遊びにきてくだされ。

たくさんの
まちの価値を編集できるオーナーになりたいな。
posted by にしもとちひろ at 14:59| Comment(4) | TrackBack(1) | これが私たちの住むまち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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