2011年03月26日

豪華オールカラー版

欲しかった西行物語絵巻
(豪華オールカラー版)をゲットしました。
とてもうれしいです。

ずっと文字だけで読んでいたので、
なんかもっと畏れみたいなのがあって、
絵巻も一度みたら十分って感じだと
想っていたんですが、開いてみてびっくり。

そんなことはなく、
あの崇徳上皇の鎮魂の場面や笈に骨を拾って歩く場面も
なんだか、絵があると普通?の感覚で読めて、
これは・・・スゴイって思いました。

なんか絵っていうのは、絵が入ることで
心理的に文章の過激さ、誇張さといったらいいのか、文章の技巧っぷり
を緩和してくれて、畏れとか寂寞さみたいなものを過度に感じ過ぎず、
その逆過ぎず、程よいように収めてくれる。

絵はすごいです。

絵を伴った物語というものが、広い読者層に長年支えられてきたということが
この絵巻を通して一層わかり、はい、とてもよかったです(まる)

追記
私はいつのまにかまちづくり本を読むのは辞めてしまっていましたが、
最近、西行先生や長明先生のされてきたことが私の理想とする
まちづくり「手法」であると、会社6年目にしてようやく気づいたので
ちょっとここ半年くらい前からちょっとまじめに
べんきょうをしています。研究とかのレベルではないけど。

一般に先生たちは、遁世とか、世捨てとか捉えられていますが、全く逆な先達です。
社会起業家とかとは(当然)比較にならぬ、積極性、斬新さ、貢献度合です。
ものすごい濃い意思決定と行動はただならぬ文化をつくり、1000年後の
わたしたちの世界に在ります。

ただ、一番の難題が今まで自分がまちづくりだと語ってきたことと、
自分が気づいてしまった憧れのまちづくりへいきつくまでに
ゴールイメージの包摂性はあんまり?変わらないのですが、
それに行き着くまでの「手法」があまりに差があり、
仕事として全くこの差を埋めようがない点(これは致命的)です。

こんなことに真剣に悩んでいる自分を呆れもせず、みんながせっかく
アドバイスしてくれた手法たちも、私には技術的に難度過ぎて、
まったくわからんので、今度ちゃんとパシっと教えてください。
でもみんな、ha?!っていいつつも、いつも優しくしてくれて
ほんとみんな包摂的。西行先生級です。ありがとう。

では、また、美味しいラーメンを食べながらおしゃべりしよ。
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2011年03月22日

時の鐘

先週、いつも行くカフェに行った。(Jさんと)
何か本を持っていきたいっていうので、
どうしよっかって探してたらなぜかキンピカリン
(去年カバーだけ変わった新潮文庫)の
『金閣寺』を手に持っている。

うんと、今、その本で大丈夫??って聞くと、
うんキンピカリンな気分だよと言うので、
ほんとか?と想ったけど、
ま、いっかと思って出かける。

川越は普通の観光地に戻っていた。

走っていると芋イモしたソフトクリームを
ベロベロベロベロ舐める観光客を次々に見てしまって、
気分が落ち込む。

人力車なくなんないかな・・・。
こんなにカンタンにまちを安物に装飾できるものは無い。

紫色ののぼり旗が風にバタバタ揺れる。
Jさんが何度もくしゃみをする。

ケーキを選ぶ。
私は、やっぱりアップルパイ。
Jさんは僕は芋ロールが佳いという。
公僕はこんなときも従順だね。

ゆるキャラとB級グルメで地域おこしとか
まったく耐えられない兄弟なのに、
お互いそんなものの近しいところで
なぜ働いてるんだろうねって、一瞬想うけど、

まあ、そんなどうでもいいことは
弟のかわいさで超消しです。

ゴーン、、、、

ゴーン、、、、

時の鐘が時刻を告げると、
私たちはようやく気持ち落ち着きます。
こういうのが十二分なまちづくり効用であります。

実際はでもこういうかんじ(下記)だけど、
姉さん、数年もたないので安心しなねって。

優しいね。(ぐすん)


100607100539_3.jpg
川越市のゆるキャラさん ときも(時の鐘+名物の芋)

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2011年03月16日

祈りの音

数えること。

被災者の数。
地震の規模。
放射能の濃度値。

数えること。
子どものとき、最初に習う
数えること。

いち、に、さん、し・・・
ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ・・・
羊が一匹、羊が二匹、それは眠れない夜にも使われた。

指を折りながら、数えたし、それ以上を
たくさん、とも言った。

私たちにとって、数えること。
なぜ私たちはそもそも数えるのだろう。

数とは一旦、地に落ちると
なにがしかの安心を与えると同時に、
なにがしかの不安を与えるものになる。

数は分ける。私たちの日常を分ける。
比較可能なように、わかりやすく。
データ化し、確率をはじき、
より大丈夫な方向?が示されるように。

私はその恩恵を受け、今日が在ることを否定しない。

ただ、数は私たちの無垢な?自然な感情を
容易に超えてゆくことができる。

わが身の安堵に。愛するものの無事に。

被災した人間と被災していない人間。
被害にあった地域と被害にあわなかった地域。

数は今日も数えられた。
分けられた現実を保存し、よりよく更新するためだ。

ただ、自分はどちらに数えられたのか。

後者でよかった、という安堵感は果たして健全か。

より安全で、より安心で、より大丈夫に
より不安を取り除こうとする本能。

「コンビニにパンも水も電池もカップラーメンもなくって
何個もスーパーも回って午前と夕方1回ずつ行って、
ようやく、2、3日は過ごせる食料は確保できたわ。」

この安堵は果たして健全か。

分けられた現実の中で、その更新が始まる。
その更新は本当に「未来へ」の志向を持つものか。
その「未来」とはいったい何か。

私たちがより、安心するため?安全であれるため?
私たちは今日も数えた。
〜%の確率で、〜〜するでしょう。

後者の「前者のために」という声と行動で日常が埋まる。埋まり始めた。
前者は数値の増大の中に無声で閉じ込められたままだ。

その数値は一刻一刻、増えてゆく。
後者はその数値を数え、観る。
そして整え、行動する。

それが繰り返される。

元来、私たち祖先が絶えずしてきた
数えるということは、こんな風に日常を
分かつための手段なのか。

数えるということは
その分かれた相手を
数日前まで同じであった、
同一であった相手を数え、差異を更新するものなのか。

いや、自分の、そして愛する人たちの無事への感謝を越え、
「虚心に数えるということはどこかで
祈りへ通じるものかもしれない。」
最近、どこかで読んだ古井由吉の言葉に
包摂を想った。

数は分かつためのものでなく、数えることは
祈りに通じるものであると、であるから、
わたしたちは、今日も数えるのだ、と。
明日も数えるのだと。

私たちの日常をそんな未来へ投ぜよと、
数え切れない雨粒が音をつくる。

私たちが雨粒の数など知らねど、音は在る。
分かたれることなく、確かに在る。

それは自然に反復され、更新され、
ゆっくりと森へ土へ海へ還る。

森羅万象と。
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2011年03月01日

めちゃんこ包摂されましたとか

オクタビオ・パスと包摂。

春の雨はとても冷たく、
ちくま学芸文庫さんの厚みが
愛しく、うきゃきゃ。

さて、今般の出張では
実は本を一冊も持って出ませんでした。
旅先で買った本の数もきわめて少なかった。

ドキドキしながら「あのぉ、ZINEを
置いていただけるか否かの審査は持ち込みでなくても
郵送でも大丈夫ですか?」とお兄さんに伺うので精一杯で、
本選びに没頭できなかったこともありますが。

(ありがとう、大好きなG書房@京都さん。
何を言っているのか、なぞなぞな人間に、どんな
ZINEなんですか?と懇切丁寧に聞いてくださって、感謝(泣)です。)

→あ、(Mさん)この前、教えてくださった、
京都の「ぱんとたまねぎ」さん引っ越すみたい(福岡さんに)だよ。

さて、私という人間は、最近、下手すると出張先でまちを歩かず、
ホテル篭りをして、本を読んで、綺麗なお風呂に浸かって、寝てしまうという
いつのまにか、完全に駄目なまちづくりやさんになりつつあったのですが、
今般の旅路はいや、そうではいけない。

きっとワクワクするものであろうと
そんな期待があったためです。

ただし、出歩いたは出歩いたで、限界まで
外にいたことは確かですが、毎晩飲んでいて、京都で合流したY君に
「お土産とかええん?」と聞かれたとき、
「あ、大丈夫」とか答えてたくせに、実は大丈夫でも何でもなく
確か、その前々日、その前の日も一緒に行けなかった
(ぐすん)ケイコスティン用に
ご当地名物・うんちゃらボーロ@長浜とかを購入したのに、
その場所、場所(たぶん、飲み屋とホテル)に
忘れてきた!!!!!!ということも
一週間も忘れたまま、つい、さきほど思い出し、
がびょりんこ、ショックでした。
(ケイコスティン、ほんとうにごめんなさい。)

なので、記憶にしっかりとあり、ちゃんと手元にあるものは
最後の滞在地、上勝だけです。

上勝のことは後で新聞かZINEに書くので
(いま、ケイコスティンが新聞をつくっている)、
そちらに・・・・。

今回は何を書こうかと想ったかというと、
そうです、パス先生のことです。

昨晩より『弓と竪琴』(牛島信明先生の訳)を読みはじめて
心臓がバクバク言いました。

啓かれるべき、蒙とは何か。

私なんて、この問いだけで、鼻血が出るかと想うくらい
ドキーってしてしまうんですが、パス先生はその問いに対し、
両極にある相克の結合(統一)という大胆さを持って、
(というよりは、対の相矛盾、その
両者の間にある緊張、それ自体を「詩」と呼び、「全体」と呼んで、)
彼のいうところのあらゆる「詩的」活動を持って、
未完なる答えを出し続けることで、啓きを示そうとされました。

これは、気持ちがいいという次元ではなく、
あの曖昧模糊でノスタルジックでしみったれていた
私の中での「詩的である」という従来概念
(「詩的である」とは一体どういうことか)を
破壊してくださり、

曖昧さと明確さを
くすんでいたものと透明さを
複雑さと平明だった秩序さを
旅への誘いと故郷への回帰を
生と死を
分かち難い、ひとつの存在の中に、
統一し、包摂し、それを良しとした。

いや、その両者の相克の存在ゆえの緊張を
「詩的」であるとし、その全体を大丈夫だ、
それで大丈夫だと言われました。
(分解なくても怖くないよ〜!って)

単純な私は、まるで
近代の奈落から、ひょいーって
引き上げていただいた心持で、完全に包摂され、
パス先生、もう、わたし、大丈夫です、がんばれます、みたいな
気分で、幸せさんでした。

読者の皆様のなかには一体全体、あいかわらず、
西本は何を言っているのか
意味不明だ、カンベンしてくれな感じと想いますので、
この本を読んでみていただけると嬉しいです。
そして、そんなことは一言も書いてなかったとか、
解釈が間違ってるとか、やあ、楽しかったとか、
めちゃんこ包摂されましたとか、
おっしゃっていただけたらもっと嬉しいです。

うひょひょーってくらい、
もう一文一文、もったいなくて
もったいなくて、次に進むのが
もったいない。おいしくて、おいしくて、
先に進むのがもったいない、
ずっとずっととっておきたい
恋愛のような本です。

恋愛のように美味しい本というのは
素晴らしい最高の包摂を備えています。

近代の浅薄な分解を、二者択一を嫌い、
あらゆる存在の、生誕の本質に詩的活動を挿入せんと試み
その全部を観、引き受けよう。

春の雨、パス先生の包摂と
posted by にしもとちひろ at 21:27| まちづくりについて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月19日

縮退社会におけるまちづくりを考える −事例からの検証−

きょう、お腹が痛くて戻ってきてしまって、
ギャザリングにいけなかった。
どぅしよう。途中で、うちのチーム誰も行けてないんじゃ。
と想ったけど、M君が行っていることに気づいて
ほっと甘えて戻ってきてしまった。(ほんとうにいつもごめんなさい。)

明日、宇大でこんなイベントがありますって、わたしは
全国のまちづくりの事例から縮退社会への取り組みについて報告・・・

はは〜ん。先日、Y君が言ってた、縮退社会ってのはこれかあ〜。

>従来のような成長モデルではない、新しいまちづくりの方法論

どうしようかしら。

ここで岡倉天心先生とかが一緒に来てくれたらどんなに心強いか。
天心先生だったらなんておっしゃるかなあ。

うーん。

以下、天心な妄想。

***********************************

まちづくりに対するこれほど盛んな表面の熱狂は
真実の感情に根ざしていないので、これまで浮ついたものでありました。

たとえば、いまひとつの一般に犯しているまちがいは、
まちづくりを一種の考古学とみなし、年代が古いからだけという理由で
浅き歴史的共感を、今われわれの審美的判断を一切犠牲にする形で
広め、一斉に賛美するところにあります。とくに歴史的観光まちづくりの
浅薄さは悲しいまでのていであります。

このように各々が日常の真実の感情に
根ざすことなく、世間一般がよい?ような
事例を無条件によいと見做し、喝采することは実に恥ずかしいことであります。

縮退社会とは、人口減少の時代への突入、
低経済成長社会のことをさしておられるのだとしたら、
今一度、成長とか、新しいとは何かとか、の議論にはじめて、至るときでしょう。

皆様がたにとりまして、蓬莱山はいずこにございましょう。

大変に世の中が混乱中であるご様子ですが、そんな時こそ
おもしろい議論やのぞまれましょう。いやはや、たのしみです。
無意識に多数の趣味や憧れへの迎合は、そろそろお飽きでしょうから
なおさらです。

また、さらにもうひとつ申し上げるとするならば、
たとえば、みなさま、まちづくりやの方々が問題であるとされる、
とくにそうですね、今後の縮退社会では一層取り上げられてまいります
「空家」問題ですが、われわれの世界でいえば、それはVACANCYの
意味の「あきや」ではなく、「すきや」でございまして、
文字であてるのであれば、「好き家」や「数寄家」となる
こともございます。

いずれにいたしましても、空いているから即座に困った、
社会問題だとかいうことには
なりませんで、どなたか個人の芸術的要求にかなうように創造されし建物ですので、
当座の審美的必要を満たすがために置くもの以外はおきませんで、
ひたすらに不完全である、未完である、ありつづけておくことに
想像力のはたらきを重んじようという心でございます。

また、万物を包摂するという道教の説?を伝えるものであるほかは、
絶えず装飾上の主題の変化が重要であるという教えを
有するものであります。

まあ、このように一例をとりましても、われわれの心に真に
訴えてくるものをゆっくりと探しましょう。
われわれのこころに訴えかけるものは、手練よりは魂であり、
技術よりは人間であり、その呼びかけが人間的であればあるほど
われわれの反応は、深い傑作として、つまりは生きた現実に屹立するでしょう。

その偉大な傑作、現実性を前にしたとき、
はじめて、われわれはともに世代を超えて
共に想いに耽ることができるのでは。

それならば、先の歴史的共感と呼べましょうか。

一服のお茶を、ひとつのため息を、
午後の竹林に注ぐ陽光を、刹那なはかなき夢を
真に味わうことができようと、そんな思いでおります。

では皆様、ご清聴ありがとうございました。

                     岡倉天心

******************************

ああ、長い妄想から帰還でありますが、
でも私は明日単身でお伺いするのでありました。

なんか、一般に重要だとされる
「どこか、今、視察にいける事例」を
語れる予感はあまりしませんが、
が、がんばります。

M君の活動場、故郷でのハイパー重要な会なのに、
すごいお世話になっている陣内先生の会なのに、
ほんとにどないしよ〜〜〜ってかんじですが
いまさら焦ったってなんにもなりませんで、
いつもの等身大でいくしかありません。

では、みなさま、あしたはゆめうつのみやで。


  「縮退社会におけるまちづくりを考える −事例からの検証−」

▼趣旨 
 我が国は人口減少、超高齢社会、
少子化という未曾有の社会的転換点にあり、
正に「縮退社会」を迎えつつあります。

栃木県は既に人口減少に転じ、
また、宇キ宮市も近い将来減少に転ずることが
予測されています。

そのような中、従来のような成長モデルではない、
新しいまちづくりの方法論が必要になっています。

 本公開講座では、4つの報告を参考に、
縮退社会におけるまちづくりのあり方や
方向性を考察することを目的とします。

■日時

2011年2月20日(日)  13:30〜16:30

■会場

 放送大学栃木学習センター(国立大学法人宇キ宮大学構内)
■パネラー
・西本千尋さん(潟Wャパンエリアマネジメント代表取締役 東京在住)
  全国のまちづくりの事例から縮退社会への取り組みについて報告
・阿久津新平さん(宇キ宮在住)
  都心居住の可能性と課題に関する報告
・加藤能久さん(宇キ宮在住)   
  市民主体による宇都宮市中心市街地でのまちづくりビジョン立案の報告
・岩井俊宗さん(NPO法人とちぎユーサポーターズネットワーク共同代表 宇キ宮在住)
  日光市三依地区での限界集落活性化プロジェクトの報告


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2011年02月12日

日本全国!地域仕掛け人市

みなさま、こんにちは。

エティックさんで
日本全国!地域仕掛け人市なるものがあるそうですので、
ぜひご参加をば。

-UIターン・転職・起業、“地域を元気にする仕事”をつくるマッチングフェア-

                    2011年2月19日(土)@東京・溜池山王
               http://www.challenge-community.jp/forum/2011_2
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2011年01月09日

暗号のローカル 読み解かれない鍵語

日経春秋を読んでたら、栃木県鹿沼の記事でM君よかった、すごいじゃんって思った。でもできる限り、わかりやすいまちづくり運動となって成功事例集に載らないでそこから逃げてほしいとも思った。各地でそう自然に在る特別視されない日常。わたしは今でもネコヤド新聞を手に取ったときの記憶を忘れない。あれは広報誌だったのだろうか。脱力も脱力。ああいうのをつくるまちの広告会社になりたいと思うくらい、肩に力の入っていない。(というか肩がなさそう)等身大で普通で。暗号みたいな解読したくなる、そう、そんな中毒性を帯びたわら半紙のヨレヨレ手書き新聞だった。

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日経新聞 2011/1/9付 一面 春秋

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2010年12月10日

武蔵野市のシンポジウム

12月11日(土)
武蔵野市主催の下記、シンポジムに
パネリストとして参加いたします。

第五期基本構想・長期計画の策定に向けてシンポジウム
これからの地域コミュニティを考える 市民の社会貢献と地域コミュニティ

平成22年12月11日(土) 午後1時30分〜4時30分(開場午後1時)
場所:武蔵野市役所西棟 811会議室 
コーディネーター
山本 泰 氏 (東京大学大学院総合文化研究科・教養学部教授、
          第五期基本構想・長期計画策定委員会委員長)
西本 千尋 氏 ((株)ジャパンエリアマネジメント代表取締役)
藤井 陽子 氏 (西久保福祉の会会長)
邑上 守正   (武蔵野市長)


問い合わせ
武蔵野市
企画政策室 企画調整課
電話番号: 0422-60-1801
FAX番号:0422-51-5638
Eメール:sec-kikaku@city.musashino.lg.jp 


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2010年12月03日

千里ニュータウン

明日なのですが、
大阪大学・豊中市千里文化センターコラボ・滑ヨ西電力主催の
社会人向け専門講義「都市地域マネジメント」
●12月4日(土)15時〜16時
●千里文化センター(千里中央駅から徒歩5分)
でお話をさせていただく予定です。

http://japanareamanagement.cocolog-nifty.com/blog/2010/11/12-dadb.html

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2010年10月19日

御田町マルテ市場

ですって!

わたしの大好きなみどりこさんのブログより。

今年も11月3日(文化の日)に御田町マルテ市場が開催されます。商店街の「○手」組合に加えて町内外の作って売る店が15店ほど集まり、木工・布小物・革製品・スピーカー・ガラス・陶器・カフェ・お花・パン・ジャムなどが並びます。その他おかみさん会や中学生も楽しいお店を出しますので、皆さまどうぞお出かけ下さい。
                     
場所:下諏訪町御田町 
   町営駐車場イベント広場内
                       
時間:10時から16時ごろまで (雨天決行)


20101009113359.jpg
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2010年10月18日

test-手付かず、だったところに

新しい界隈。
ー今までVACANTだったところに
新しい店舗が、新しい公園が、新しい施設ができる。
ー手付かず、だったところに、
様々な交流、交換が起こるようになる。

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2010年09月26日

久しぶりに高松に来ています!

久しぶりに高松に来ています!

デザイン系、まち系の
ねえやん、にいやんと
これから小豆島に渡ります。
(瀬戸内芸術祭)

私は貧乏なので、一人夜行バスでしたが
腹巻もしたし、靴下も2枚履いたので
快適でした。

後ろの子の方言がめっちゃ可愛くて
いい、子守歌でありました。

ところで、バス下り場から
丸亀商店街まで
テクテク歩いて、どうなってるかな
どうなってるかなと、珍しく
まちづくり屋らしく
思っておりました。

前はちょうどオープン時(A街区)に来たんだけど、
変わってるのかなと思いながら、テクテクしていました。

うーん!
なんか、レジデンス増えたな〜てな印象。
なので、住人らしき人が歩いている。

普通商店街というのは、もう大きいところ
(アーケードがあるようなところ)は
人が住んでいないので、朝の7時、8時代は
カラスさんと猫ちゃんくらいしか、いないのですが、
丸亀、歩いてるな〜と思いました。

そ、し、て。発見。
「丸亀町商店街直結(隣接)」
マンション広告。

商店街直結(隣接)単体で
勝負している広告をはじめてくらいに見たような。

普通は、駅近、南向きが太字、
+アルファで、小学校、スーパー、病院、公園
くらいがタイトルに出ます。

「丸亀町商店街直結(隣接)」
商店街単体で出してる。
下の副題はーマチナカ立地の新しいライフスタイルが
始まりますーでした。

その下の説明書きには
地区計画云々、用途制限、高さ規定、壁面位置制限等、
利便性だけでなく、町並み・都市美へ配慮しています。

と。

ウエストが30戸(1LDK、2LDK、3LDK)
イーストが12戸(1LDK、2LDK)

ともに
1〜3階は店舗で、そのうえがメディカルモール、
そのうえが住居(一部事務所)とのことです。

事業主:高松丸亀町まちづくり株式会社
売主:大和ハウス工業株式会社
施工:大成建設・大和ハウス工業特定建設工事JV

後で、このまちのマネジャーさんや
お姉さんたちに詳しく聞いてみようと
思います。

さて、でも私が一番愛しているのは
おじちゃんが釣竿を自転車の後ろにさして
のったら、のったら、走っている姿です。

「おじさん、おうどんが食べたいんですけど。」

急に話しかける私に、すっごいにこにこして
丁寧に説明してくれます。

ただ、おじさんのお話と私の理解力が相まって
結局、聞いたけど、まったく場所も、店名も
わからなくて、結局、私、
まだおうどんが食べられていないんですけど、
でも、私はこういうの、(やっぱり)好きです。


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2010年09月15日

めぐる、めぐる、ぺろりな日常

昼寝をしたら、
天然うなぎの夢をみた。
くいしんぼう、みたいで
恥ずかしい。

でも、とても怖い夢だったんだ。

私はグルグルした彼と格闘した末、
あの「生命」にひたすら
身体をペシペシされた。

実際、私は天然うなぎを食べたことがない。

夢でも食べられなかった。

別に、あのグルメ通みたいな人たちみたいに
「天然」か「養殖」かみたいなことで
こだわっているわけじゃないのに、なんで急に
こんな夢をみたのかといえば、おそらく
makiblogに『趣味:魚釣り』ってあって
「まぁ、素敵(鼻血)」って思ったから
(おとつい)かもしれない。

鼻血の理由は

牧さんは、森づくりの仕事をして、
そんで魚を釣ることを趣味にしている
(おまけに牧さんは天然うなぎを
とって、さばいて、投資家さんたちに
もてなしているらしい!)

って急に思ったことだ。

すごい!!
めぐる、めぐる、ぺろり(堪能)な日常。

私は近くのコンビニで
六甲のおいしいお水を買って、
東京都水道局の車内CMに文句たれて、
市ヶ谷の釣堀を眺めながら、
オレンジ色の電車で東西移動して、
自立・自律的なまちづくりとか、
持続可能な地域再生とか言って過ごして、
食べログで知った
御徒町かなんかで江戸前寿司だっていう寿司でも食べて、
東京湾の夜景が綺麗だとかいって、チュウでもして、寝る。

何のめぐりもなき、非・ぺろり(堪能)な日常。

だからって、私、どうしようか。
多摩川沿線の住民に声をかけて、源流地の
小菅村(山梨)に出かけて、一緒に
木を伐って、植えて、
みんなでその木でおうちを立てましょうって、
そうしたら、東京都水道局のあの
縮毛矯正のモデルの女の子も
あの画面からいなくなるかしら。
六甲のおいしいお水を買わないで、
生きていけるかしら。

わたしも
「きも」に針が入ってるような、
天然うなぎをぺろりしたい。。!!
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2010年09月06日

牧さんのブログがあたらしくなりました!

夢の牧ブログ復活?です。(涙)
うれし〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!

http://daisukemaki.jugem.jp/

>さて、日本の田舎を再生していくために
>必要なことはなんだろう、
>問題の本質はどこにあるんだろう・・・
>ということについて、自分なりの考えを
>思い切りよく書いてしまうことから、
>新しいブログを始めようと思います。

ツイッターでのつぶやきが増え、
ブログの更新がなかったので、
ファンな(もはやまちづくりブログ作者ではない)
私としては
本当にこのたび、嬉しく!

嗚呼、嬉しいです!!!

やん、これは大変なことに。

地域なみなさん、
エヌピィオーなみなさん、
なんちゃってなみなさん、
なんちゃってな私は
こっそり、プリントアウトをして、
必死に、熟読をし、深い呼吸をしなおし、
そして、明日(希望)に臨みます。

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2010年08月01日

完璧よ、この包摂

高円寺の都丸(とまる)書店は最高だ。
特に、社会科学、文学系の品揃えと
店員(若い女の子)の愛想のなさ
は感動ものだ。

値付けもちゃんとしているので
「あん、ほりだしものお」
ってのは見つけたことがあまりないけど
でもとにかく素晴らしい、この一言に尽きる。

嗚呼、高円寺はいいとこだ。

駅から
歩いて50メートルで生活必需品の類を
買うことが出来る。安く美味しく。

100メートルで優れた古書店。

そして、300メートルほどで
こりゃまた優れた喫茶店に出会うことができる。

完璧よ、この包摂。

追記
うちの子たちのしてくれる高円寺ツアーは
とても可愛く、素敵です。
posted by にしもとちひろ at 07:56| Comment(0) | TrackBack(0) | まちづくりについて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月20日

小さな勇者の等身大。

地域はよそもの、ばかもの、わかものが
変える、みたいな、恥ずかしいセリフを
まだ、たまに聴くことがある。

特にそれを発言した方への嫌悪感は一切ない。

(でも、自分も1度くらいは
発言したことが
あったかもって思うと
アルゼンチンまでもぐりたい。)

だけれど、とにかく
そんなセリフで、聴衆がアハハといって
薄笑いしたり、わかったような、わからないような
まあ、そんなことさえどっちでもいいような
会話が入り込める、この分野に
異常なる劣等を覚えている。

というのは、
自分の「どこかで」「どこかの場所で」
当事者になりたいっていう
小さな感情やプライドっていう
ちっちゃい話なんだけど。

まぁ、そう、一応、感じてしまうんだ。

社会起業家の文脈も
地域でチャレンジの文脈も
冒頭の文言に通ずるが、
大人なエティックは
その根源に対するところでは、
自己批評装置を持ち得ないように
感じるし、
その周辺なる私たちも特に
その意志を行動に届かせることなく、
今日にいたる。

今回の一連の「新たな公」ブームを機に
みたこともない投資額を得て走らんとしている
この「運動」は
これまでの「運動」ーどうしても
跳び越えなければならない跳び箱
(=それ)を超えようとする、内発的な「まま」の、
内発性それ「だけ」の、「運動」ーと、
明らかに変わってきていることは
いうまでもない。

そのときの「運動」はどうあるべきなのか、
外発的にひっぱられるときの、
その内発性が、なんたるか、は
どこを起源として、どこを目指していたのか、
あるいは何が始まることを、希求していたのか。

そういうことを、話したりしようではないか。

そんな「運動」が
お遊びならお遊びでいいのだ。

なら、本気で遊んだらいいと思う。

誰も本気じゃないって思うのは
わたしの子どもの野生のただの勘で、
馬鹿じゃん?
みんな本気だよっていうかもしれないけど
私にはどうにもこうにもあんまりそうは思えない。

中途半端な遊び(「運動」)
は最低の代物だけど、
突き抜けた本気モードの
大人の遊び(「運動」)は
案外、いい味になったりするもんだ。
いや、最高の美味だ。

だから、その「運動」そのものや、
その「運動」の接触する(着地する)
「場所」の議論なくして、
そのなんとなく現れるに違いない
「場所」へ適当な理由付けをして
ただそこに、「居る」ことを
無意識に、または、意識的に強要されたがゆえの
立脚や接触ならば、そこから
何も生まれはしない。何も遊べない。
遊ぶことさえさせてもらえないだろう。

かかわった人たちが疲れたり、
組織がつぶれたりするのなんて
こと(自体)も大変だけれど、
まあ、どうでもいい。
残念だし、私だっていやだけど、
そんなことはどうでもいいんだ。

でも、今日、「運動」のけん引役として
そういう大きな責任主体たらんとする彼らは
元来は小さな勇者であって、
その小さな勇者ならば、
自分が己の甲殻から出たやどかりのように
自分を覆い隠してくれるものから出て
一人ぼっちで居るのを感じ、
ちょっと恥ずかしくなりなり、
「今日は、わたしは勇ましくないだろう、
何が起ころうと、どうしようもない。私は勇敢に
なれないのだろう」(アンリミショー)
と独り言を言う
(くらい、等身大で背伸びのない範囲での)
責任主体であったのだと思う。

私はそのうそのない、謙虚さと
野心をも兼ね備えた、チャーミングな等身大がすきだ。
信頼できる。安心できる。

エティックも周辺におる、
私らも、本当であったら、
そう、その「場所」にしか
立脚できない、してはならぬ、
はずである、と思っていて、
その「場所」へ接触(着地)する
「運動」しかしてはならないと思っている。

しかし、今日のブームの渦中の
「運動」の牽引としての
小さな勇者は、「より多くの人へ、より広く」
と大きな勇者の
仮面をかぶらざるをえなくなったようにみえる。

ただ、そんな必要はまったくないのでは
ないかとわたしは思う。

小さな勇者の等身大。等身大の大きさ分の責任。

その等身大の精一杯が私たちの日常を支え、明日の
それこそ、大切をきずくものだと
思うからだ。
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2010年06月02日

谷根千工房なおはなし

なんだろうあやしげさんのHPより

これ、いけなくて、残念。

谷根千工房の山崎範子さん!

テーマは「地域ミニコミについて」

工房に保存されている
「絶滅危機にある独立系地域雑誌と、
処分寸前の谷根千地域の個人通信
を見てもらいたいです」

とのこと。

是非、みなさま、足を運んでみてくださいませ。

◆6月の茶話会 「地域ミニコミについて」

【日時】 2010年6月16日(水)20:00〜23:00頃(出入り自由)

【場所】 ブックス&カフェ・ブーザンゴ 

〒113-0022 東京都文京区千駄木2-33-2
TEL & FAX: 03-3823-5501

【参加費】 各自オーダーのみ

【お問合せ】 不忍ブックストリート実行委員会 


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2010年05月20日

しょうぶ学園のこと

わたしが
かねてより、とても憧れ
いつか訪れてみたいと思っていた
「しょうぶ学園」@鹿児島のことが
『d (design travel)』に載っていたので
ほんとうにびっくりしてしまった。

私はここのことを、文化出版社の『銀花』の
ヌイプロジェクトかなにかで知ったのだが、
見聞きしたのはそれ以来だ。
何年前だろう・・・。

しょうぶ学園は障害者がはたらく
たくさんの、たくさんの工房がある。

紙工房
焼き物工房
布や木工の工房
花を育てるところ
野菜農園
パン工房

そしてレストラン
ギャラリーショップ
という店舗もある。

障害者とは呼ばれない
アーティストと呼ばれている

施設とは呼ばれない
創作の場所、工房
魅せる場所、店だ。

そういえば、ピッツで
MCGのビルもそうだっけ。
工房をたーくさん持ってたっけ。
焼き物から始まって。映像も料理も。
そのとき確かに、一瞬、あ、しょうぶ学園に似てる
って思い出したっけ。

私はいきたくなってしまった。
鹿児島。

記事を見て、少しなきそうになってしまった。

ねぇ、いっしょにいかない?
posted by にしもとちひろ at 21:24| Comment(0) | TrackBack(0) | まちづくりについて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月19日

こんにちはCLSちゃん

すっごい長かった2日間の研修が終わり、
しあわせなビールのあとの
CLSの集合写真です。

ともか(寺井君のとなり)と
ましろ(オコタツ女(絵)を持っている)
がほとんどみえません。涙

最近、インターンが続々入ってきてくれて
ワイワイするようになってきました。

右からかな(秋田)、ましろ(帯広)。

後ろの小さな美男美女夫妻はもちろん、
秋田な、まことさん、まゆみさん(かさね・つむぐ)
略称M&Mです。

寺井君(まちづ・クリエイティブ)、
インターン、ともかちゃん(横須賀)。

で、西本、木野勢(高野山)、
村瀬(ジャム、マチラボ、日光)です。

SH3E0017.jpg

これからとてもたのしみです。


posted by にしもとちひろ at 17:16| Comment(6) | TrackBack(0) | まちづくりについて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月14日

森の中から小さな声で話し合うのが聞こえてきます。

そのつもりな、そのつ森。
荒井良二。

森の中の空き地をどうしようか、
動物たちが話し合いをする、っていうお話。

ふふ。渋い。いいねえ。
やさしいし、かわいいけど、
突き放されて、抱きしめられる
かんじ。

包摂や多様という
べたべたになりがちなものを、
唯一持続可能な
ものとしてくれるのは、その背景にある
「突き放される(もしくは突き放す)」
という感覚であり、
「緊張感」という感覚であったり
する(と、思っている)のだが、
この絵本には前者あり、である。

ゆえに、これは、明らかに、
ジャム本、です。
(アップルパイペロリには置かれます。)

明日はこの絵本を
小躍りを一緒にカバンにいれて、
みんなに会いに行こう。

久しぶりにジャム
大集合です。

そのつもり (講談社の創作絵本)
そのつもり (講談社の創作絵本)
おすすめ平均
stars今の絵本の中では一番、よい
starsいいねぇ コレ。
starsかわいらしい森の動物会議
starsこいつぁすごいっす!ぶっ飛んでます。
starsそのつもりになりたいな

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posted by にしもとちひろ at 22:13| Comment(0) | TrackBack(0) | まちづくりについて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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