2011年04月09日

春の野に出でて

気づけば、雨が上がるまでゆっくり寝てしまった。

雨上がりの外の温い空気が、いつまでも冬と
想い込んでいる身体にまだ馴染まない。

桜の蕾が水を含んで色っぽすぎて、
なんだか、眼を逸らしてしまう。

視線を落とすと、木の元にたくさんの土筆。

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2011年03月28日

がんばって

N700系の電源が「つかってもいいよ」って
みどり色をしているとき、わたしは本当に安心して
もう大丈夫だっておもう。レッツ君はこれで平気だって。
満タンでもうおなかいっぱいだっていうレッツ君でも
なんかコンセントに挿していたくなる。

ビュホーン。

戻ってくるときには咲いてるかな。

庭のモクレンは鳥さんがムシャムシャ食べてボロボロになってた。

なんか鳥がムシャムシャして、お父さんが寂しがってるのが
オカシイから、鳥が来るたびに「お父さん、鳥がまた食べてるね」(イヒヒ)
とか言って、別に庭の春のことは、いっかなっておもってたんだけど・・・

庭と娘の面倒と決算ストレスで
ぎっくりごしになったお父さんは
あなたにお水をあげられないかもしれないんだけど、
チューリップさんは(がんばって)咲いてあげてね!

って家を出てきた。

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(おとうさんをよろしくね)
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2011年03月19日

なんも変らないよ

Mと六義園へ行った。日本庭園。陽だまりベンチで、いろいろ話してたら、千尋、変わったねって、今まで見てきた千尋じゃないから、わたし不安って。私の元から離れてゆくような気がするから不安なのかな、と言う。大丈夫、わたし、なんも変わってないよ。なんもね。って言った後、こんなに何もかもが移りゆく、変りゆく中で女同士の何の意味もなさないようなそれでいて、平穏さを支える日常会話が優しくて少しおかしかった。M、ありがとう。また会おうね。

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2011年03月18日

ここ

日曜日、お能の稽古の帰りに、テケテケ歩いて、小石川植物園に行った。
目の前のヤマザキパンの店主(今まで出会った中で最も無愛想)
よりチケットを購入。

入口のお姉さんより余震に気をつけてくださいと言われた。

はじめて来たここはY君の言っていたとおり、天国のようだと思った。
ゴダールのアワーミュージックの最終節の天国のような世界。

東大管理だから怖くて無意識に避けてきたんだけど、
ここはよいところのような気がした。

浜離宮みたいに借景に電通ビルやらなんやらは見えない。

塀向こうの小さな印刷工場の平常営業の音がした。

外国人の親子連れや写真家の古老がちらほら居た。

花の芽を小鳥がむしゃむしゃ食べていた。

くすのきの大樹の下で本を読んだ。

私はいろいろな想いがした。
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2011年03月05日

ホンモノ、ニセモノ、灰色

安部公房の講演のテープを聴いていて
なんか、いろいろ思うことがあって、
なんか、箱男のことを話していて、
存在証明(看板、登録)を下ろすことや匿名性という観点より
乞食や親の存在とかニセ医者に言及していたので、
かなり聴き入っていたんだけど、
そしたら、オヤジが帰ってきて、
一部だけを聴いて、
「なんだ。こいつ。話がめちゃくちゃだな。」と言って、
ももひきで横を通り過ぎた。グレーだった。

私はその時、どういうわけか、ものすごい、言葉に出来ない
厭な感じを覚えた。
ビジュアルもタイミングも心理的に最低な気分になった。
白じゃなくてよかった。もっとひどい気持ちになったと想う。

その直後に、安部公房は
親が死んだとき、親が死んで哀しいと
いう気持ちとほとんど等量に裏腹に、
ほっとするという気持ちを子どもがどこかで
必ず抱く。親になるとこの気持ちを私たちは
受け入れられないけれど、誰でも
子にはそういう思いがある、これはと言った。

そして、この恐ろしい部分を抜き出して、
これは真理である、原理であるといったら
私たちには落ち着かないってのがありますね、と。

私はぼーっと聞いていたんだけど、
父は通り過ぎて、そこは聴かないで通り過ぎたようだった。

ほっとしたような、聞かせたかったような
複雑な気持ちがした。

親の愛情によって子は生かされてきたし、殺されてきた。
常に一線を越える愛情と憎悪が包摂の周縁を行き来する。

やっぱり、いくらすり切れたテープであっても
肉声ってのは力だな、と思った。

いや、物書きには余計な力だな、とも思った。

そんな感じでいると弟がやってきて、
「お姉さんそんな暗い顔して
安部公房の講演テープなんて聴いてる女は
モテないよ。考えてみなよ。
母さんももう諦めてお雛様も3日過ぎて、
いつもは慌てて片付けてくれるのに
もう片付けてもくれないでしょ。ね。姉さんは
自分でもうちゃんとしなくちゃいけないんだよ。」
と言った。

弟は世界で一番正しく、可愛い。
いつものとおり思った。

そう思うと、その存在をつくりし両親は
なんだかんだ、ももひきさんだって、すばらしい。
ありがとう。

追記
安部公房のニセ医者の話が一番この講演テープでは
わかりやすくて面白かった。

一貫して、ホンモノとは何か、
国家の用意した制度、登録、証明の仕組みと
わたしたちの存在自体(生命)のありよう、その両者の関係についての話
だったと思うんだけど。

国家試験にとおった、つまり登録された医者との比較で
ニセ医者とどっちが怖いかっていう話、つまりは
本物であることがいいことではないって話。

これは話の内容が想像つくとおもうので、詳細書かないが
とてもよかった。ええ、実によかった。(です!)


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2011年03月04日

近江の朝に 2

何かにつけ、少々過激であるように
一工夫、中身のない言葉を並べ、そう仕向けることで、
海原に一瞬の波が立つ。
容易とは言い切れないが、風とともにそれは確かに立った。

(過激といったって、少々目立つくらいの意味で使っている。
あしからず。)

一方、ごく僅かの小波を起こし続ける方法は
ちょっぴり過激であるようにくらいのおまじないでは
生じさせることができない。

私たちの観られる、限られた時空を越えて、
その運動を大海原の無限に、私たちの存在が消えようとも
残りし、僅かな小波の運動となれば、なおさらだ。

それはいわば、
未完たる連綿、いや、連綿たる未完の運動文様へ
私たちの身体を、いかに織り込めるか、だ。

始まりも終わりも、意識されぬ(させぬ)よう
運動文様の中へ。

尖鋭なる友人たちのプレスリリース発信に寄せて。
リリース、後の小波と。

いや、その前に敬服と。

私はここ数年プレスリリースなるものを
1本も出していない。これは企業体としては
休眠状態であることを意味する、ことはわかっているけど、
どうしても出す気が起こらない。

波立たせることに憧れつつも、己の非力ゆえに倦みやすく、
その倦みやすさが、いずれ、吉と出るのか、凶とでるのか
全くわからないから、不安な日々だったりもする。

そんなとき、いつなんどき、いかなる歩を、いかなる盤に。

その自然な様に、自然な体に、
想いを馳せよ、馳せよと、竹生島の謡う。
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2011年02月28日

馬車で遠ざかる、ガランス

『天井桟敷の人々』(DVD)を観た。
なんか、長いし、切ない(すぎる)ので
あんまり観ないようにしようと
思ってるのに、また観てしまった。

ガラーンス、ガラーンス、ガラーンス。

バチストの声が大衆にかき消される。

ガラーンス。

馬車で遠ざかる、ガランス。

その表情。

嗚呼、バチスト。

また最後まで観てしまった。

夢に出てくる。これはまた夢に出てきてしまう。
ガランス(アルレッティ)が出てきてしまう。

嗚呼、バチスト。

今宵は真っ白なバチストと眠ろうと思う。

春の雨。
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2011年01月31日

大雪さん

ここ数日は北陸にはほんとうに大雪が降っていて、
一面がいっそう深い真白になった。
雪の犀川の景色はなんと形容していいか
わからないくらい、ほんとうにほんとうに綺麗で、
ちょっと遅刻しそうなくせに、何度も何度も
止まって眺めてしまう。この景色はちょっと表現しようがない。

だけど、駅に行ったら、特急も普通も全部動いていなくって
ウソォー。今日から楽しみにしてた出張で、
早起きして、3日間分動けるしたくをして
あんなに雪道をせっせと走ってきたのに!

そういえば、桜橋の真ん中に
クルテク君が雪だるまちゃんと乗ってたソリみたいなのに
ゴッツイおじさんが2人乗ってた。

バスは分厚いカツラみたいな雪をかぶって、のそのそ走ってる。
まち全体がまっしろい和菓子みたいになってしまった。

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2011年01月27日

きんいろ君へ

小さい頃のことだ。

いつだかは忘れた。

とても小さい頃のこと。

家にあったエリーゼのためにのオルゴールを
ぐりぐりいじっていたら、なぜかとまらなくなった。

困った私は
金色の物体を取り出し、
ずっと手の中で握り締め
音を小さくしようと試みていた。

でも手でいっくら握り締めたからといって、
とまるわけはなく、
指の隙間から
トゥルトゥルトゥルトゥルトゥルルー
というメロディーが鳴り続けた。

1日目はもっていたポシェット?のようなもの
(どうして昔、あんなにひとつのポシェットを大事にできたんだろう)に
ハンカチでぐるぐるまきにして閉じ込め、それを家のどっかの片隅に隠した。

次の日くらいに、気になって、見に行ったら
やっぱりまだ鳴っていて、おそろしくなって、
やっぱり、家じゃだめだと思って、
外に捨てにいくために家を出た。

マンションの一階の駐輪場に行って、
置いて去ろうとしたが、背中の後ろで
トゥルトゥルトゥルトゥルトゥルルー、
トゥルトゥルトゥルトゥルトゥルルー、と鳴り止まない。

あなた本当に無生物?!みたいな恐怖である。

もう幼い私は本当に怖くて仕方なかったので、
隣の空き地(駐車場)へ塀よりぽーんと投げた。

なんかカンタンじゃない!

私は球技がまるっきり駄目だったのに
がんばって肩を使って投げるを最初で最後、
できたのはこのときだけだ(とおもう)。

ただ、投げた瞬間から罪悪感にかられた。
エリーゼ様ごめんなさい。ベートーベン様ごめんなさい。
エリーゼのためには、私がブルググミュラーの次かなにかに
はじめて弾かせてもらった曲なのに、空き地に投げたなんて、、、。

第一、金色君を失ったオルゴールはどんなにさびしい思いをしただろう。

長年、その思い出はわるい思い出として、私をこらしめた。

今でもたまに小さな手の中で握り締めた、汗びっしょりな金色君と
トゥルトゥルトゥルトゥルトゥルルーを思い出す。

大人になったらもっと怖いことがいっぱいあったけど、
小さいときもやっぱりそれなりにあったんだね。

がんばって大人になりました!

今日、なぞなお絵かきをして、筆を握り締めていたら
手に汗をかいて、そしたら、この金色君の思い出が出てきてしまいました。

金色君、あの空き地で、ひとりでまだ鳴っていますか?
やさしい女の子に拾ってもらって、大事にきいてもらえていたら、とも
おもうけれど、「相変わらず、勝手な女だな」と言われたら、
わたし立ち直れません。

今度マンションにいったら、隣の空き地に探しに行きます。

実はお父さんに先日、このことを相談したら、
「忘れろ!」と真顔で言われました。

ごめんね、金色君。



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2011年01月09日

くちひげ

世のインテリゲンチアへの
批判にも至らぬレベルの不平不満を
小胸にいっぱいためて、うじうじしている
そんなある日、彼に出会った。

彼の作品を読み進めようにも、
読むと臓器がしっかり躯体に入っていると
主張するのと同じくらいに
身体から飛んで出そうになった。

求心力と遠心力を同時にかけて、私を揺さぶってくる。
なんてこった、この人はと思った。

この感覚は私だけではなく、
多くの人が惹かれて、生き続けている彼に
会いにあの町へ行く。

おそらく、本当に佐藤春夫と同郷なんだろうかという不思議を
抱えながら。私も最初聞いたとき、まさかと思った。
今でも同じ場所の風景を想像できない。
(このはなしはいつか・・・書けたら書きたい。
なんとなくまちづくりに関係すると思うから。)

ところで、つい先日、電話で話しに出たとき
彼の本を床にこしらえた本箱から偶然、パっと見つけた。

表紙の彼は亡くなる数年前
(AERAの取材のためと言っている)
口ひげを伸ばした彼で、
痩せていて、体躯が小さくみえた。
まるで巨体も巨体だったときと
別人のようだった。

私はあまりにその別人の彼の顔に驚いて、
次の日の夜、スケッチブックを開いて、真白な紙に
口ひげを生やした彼の顔をたくさん書いた。

もう写真をみなくても、描けるよ!
(私が写真を見なくても描けるのは、
バルザック先生と、全国商店街振興組合の桑島理事長です。)
目元も口元も眉毛の形も生え際のかんじもバッチリだ!
と思ったら、急に涙が出てきた。

急いでお布団へもぐった。ら、クルテク君が居たので
一緒に眠った。
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2010年11月30日

都市と存在

わたしは外へ出るのが好きじゃない。ネクラでひきこもりだと思う。

外からそうはまったくみえないらしいけど、実はそうだ。

別にショッピングがすごいすきでとか、ポジティブな意味でまちへ出かけているのではない。別にネガティブな意味でまちへ出かけているのではないんだけれど、うまくいえないな。

ミシュランガイドを読んでいても、路上観察学の本を読んでも、書を捨て、町に出よを読んでも、五十嵐先生の、藤森先生の建築ご案内本を、鈴木先生の、中沢先生の地霊の本を読んでも、もちろん、頑張る商店街77とか、まちづくり成功本を読んでも、(精神的にも物理的にも)まちへ出かけたいと思わない。

特に後者あたりは、絶対出かけたいなんて思わない。むしろ逆だ。この手のものが語りかけてくるような話から全力で逃げたくなる。「がんばってます。」とか「これが成功です」なんてそんなメッセージを発してしまうのはやはり、恥ずかしいことだ。

そんなヘソマガリなわたしであるが、なぜか、見田宗介先生の本を読んでいると、わたし、また、外へ出かけようと、(精神的にも物理的にも)思う。

昨日の夜、家に本が溢れて、自分の部屋が歩けなくなってきて両親に叱られたので、整理というものをしようと思っていたら、先生の『まなざしの地獄』が出てきた。

一ページ目の「都市とは」という文章を眼にした。

ー都市とはたとえば、二つとか五つとかの階級や地域の構成する沈黙の建造物ではない。

 都市とは、ひとりひとりの「尽きなく存在し」ようとする人間たちの、無数のひしめき合う個別性、行為や関係の還元不可能な絶対性の、密集したある連関の総体性である。

先生のこの文章は直截的な糾弾を背負う文章である。だけれど、そこには詩的さや装飾や誇張、鋭敏な感性の無駄は一切削ぎ落とされている。

わたしにはこの、緊張感のある「ホウセツ」がたまらない。

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2010年11月29日

もういっこ

生牡蠣って
どうして、あんなにイイ、のだろう。
牡蠣なべも牡蠣グラタンも魅力的だし、
牡蠣フライも好きなんだけど、
わたしは、やっぱり
生牡蠣ってのは、最高の食べ物だと思う。

あまりに大好きで、どうしてもこの愛しさを伝えたくて生牡蠣にほっぺたぷるって叩かれたいくらい、好きっていったら、ドン引きされた。わたしには文学はできない。その時、痛感した次第。

以前、オイスターバーですごくたくさん食べて一人だけ、なぜか、あたって、ほんとうにタイヘンなことになった経験があるから、どれくらい怖いか知っててもぜんぜん、懲りない。

レモンをジュっと絞って、あのゴツゴツの殻から、彼をつるつる、じゅるって救い出して、ぺろって、嗚呼、もう、その後のしあわせは言葉にできない。

そして、わたしのおなかに入ってしまった彼が、ついさっきまでしっかり在った白く光った場所(寝床)をじぃっと観てしまう。

プルプルのままで、
たしかに、さっきまでここに居た白く冷たい寝床の幻を眺め、口の中の幻を舌でひとなでして、もういっこたべたい、といわずに、ずっとずっとおなかに入ってしまった彼を思い(食し)続ける。

貝殻とレモンの匂いを指にしっかりつけて、はい、ごちそうさま。

わたし、(次は)生牡蠣と結婚したい。
それじゃ、両親がまた悲しむから、
生牡蠣がわたしと同じくらい好きな人とにしよう。

どちらかがあたって、看病してあげて、もう当分いいねっていいながら、また食べにいって、違う方があたって、看病して、もう当分いいねっていって、でもやっぱり食べにいって、今度は2人であたって、うんうん、寝込んで、もうこりごりね、もうやめようねっていって、でもそれでもやっぱりまた食べにいこうって、言ってくれる人。

そんな人が近くにいたら。(教えてください(まる))

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2010年11月20日

なんだろうさんのこと

本のプロの「なんだろうさん」に
本のことを教えていただくようになってから、
日常がいつもと違った角度から
みえるようになった。

不思議なことに
すごく大好きな場所や
すごく大好きな人や
そういうこと、たちで出来ていた日常が

その大好きは、そのまんまで
いつもより少し嬉しく、
少し珈琲が飲みたく、少し眠く、
好きな人に電話をしたくなるのを
少し、我慢するような、

いつもの「すごく」を、「少し」と置き換えても、苦しくなく、大好きは、そのまんまで、みんなが居心地のいい日常の入れ物にちゃんと収まるサイズにできるようなそういう、小さくて、訓練くさくない、訓練のやり方をゆっくりと、教えてもらっているような気がする。

いつもの「すごく」を、「少し」と置き換えても、大好きは、壊れたりしないんだぁ、みたいな。(って、あんま、つたえられないけど)

まだまだ訓練中だけど、その訓練もたのしめるような気がする。

そういう、「教える」をできる、なんだろうさんはすてきだ。
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2010年11月19日

犀川、その景色の体温

「眼の前が犀川です。」
一度もみない部屋を借りる。
不動産屋さんの電話口のセリフだけが頼み綱。
別に一度もみない〜を・・・する、は怖くない。人生、んなことばっかりだ。てか、よく考えたら、生まれてから、全部、そうだ。で、生きてきた。から、大丈夫なはず!

でも、とても寒い、どんより、どんよりとした季節で、大好きな自転車もおいてきてしまったし、(そもそも雪でそんな乗り物には乗れないみたいだけど)

そもそも友曰く、「ひとりでいたことのない子がよく決断を」なのに。(ぐすんです。)

「大丈夫!27歳、女ざかり(らしい)なうちに、遊びにいくから。」

そうだ、もうまた、わたしたちの誕生日が追いついてきた。たいへん!またひとつ、歳をとるね。

「でも、こればっかりは、文句は言えない、
歳のとりかたは、みんな、公平なのよ。」

かつてのルームメイトだったわたしたち3人は、同じ年、同じ月に生まれて、同じ部屋で順々に歳をとれた。

共有のリビングには2人は毎年、着物をきて、シャンとしていて、綺麗な写真たち。

わたしはいつも写ってなくて、まったく何をしてたんだか、覚えていないんだけど、でも、歳だけはあの部屋で順々にとった。

だから、寂しくなかったのに!

まぁ、きっと、大丈夫、だって、犀川沿いな日常よ。

先生、みなさま、こんな私ですがよろしくお願いします。

はやく、カフェと本屋さんを、できればブックカフェ、を見つけなきゃ!そんで、子等(超忙しそう)を呼んで、いっぱい、あそぼう@ぺろり。


ーはじめ うみが みたい
ーいんせい それは ろまんちっくすぎる 
      かわを みにいこう

「さくら の その にっぽん」 
     (たわだ ようこ)

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2010年11月17日

年下君の活躍

白鵬のこと。

コタツとみかんと相撲中継。
ビールと枝豆と野球中継。

幼きころの大きな家族を囲んだ記憶は、別の理由も加わって、もぅ、遠い遠いどこか違うふるさとへ行ってしまった。

ところで、昨日?新聞を読んでいたら、白鵬が二五歳と知り、てことは、彼氏になる可能性もあるってことだなか、とか思って、

勝負をしている人に弱い私は
ちょっと苦手な「太っている」「年下」をつい、忘れそうになった。

(ちなみに「太っている」「同年代」も「年上」も苦手です。)

ねえ、どうみても、
白鵬が二五歳なんて、思えない。
え?じゅんや(弟)?!
えー爆笑

なぜか、不思議なんだけど、私はお相撲さんが若い!ということをつい、忘れてしまう。
サッカーとか野球とか体操とかわかるんだけど、お相撲はよくわからなくなってしまう。
わんぱく相撲に出てる力士(ほっぺが赤い)くらいしか、年下に見えない。

小さい頃、同じ、「千」がつくからって、
それだけで、必死に「ちよのふじぃ、ちよのじぃ」って小さな喉で、懸命に応援した(断髪式は哀しくって泣いたねえ。)

あの時の千代の富士も若かったんだろうか。

ところで、双葉山の六九連勝が止まったときの陽明学者、竹葉秀雄(安岡正篤の弟子)との電報やり取りの日経の記事を読んだ。

竹葉
「サクモヨシ チルモマタヨシ サクラバナ」
双葉山
「ワレ イマダ モッケイ タリエズ」
(吾未木鶏為得)

さらに、打電
「サミシイデス スグオイデコフ」

わぁーいいわぁって
このかんじ、いいわって何度も思った。

って、また馬鹿みたいだけど、いいわぁって思った。ほんと、表現能力ないけど。

この流れ、一連の詩。

私も「サミシイデス スグオイデコフ」送りたい!!!けど、ぜんぜん勝負なんてしてないのに、これだけ言っちゃあ、台無しです。

いいですか、しっかりしてくださいね、わたしたちがほしいのは「一連の川のような」ですよ、と言い聞かす。

今般の敗北後、白鵬の「これが負けか」というせりふを聞いて、どうしよう!二五歳にそんなこと言われた、と思った。だって、白鵬三五歳くらいだと思っていたんですもの。

って、何度も思うけど、わたしも年下君に負けないように、ちゃんとがんばんなきゃ。

今日も寒空から雨粒がつま先に。

蛇足だけど、竹葉先生のサクラバナは、ヤマザクラかなぁ。ソメイヨシノかなぁ。当時、一九三九年。

ヤマザクラであってほしいな。
だって、ヤマザクラは多様で優しい色と散り方をする(持つ)んだよ。

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2010年11月14日

愛の夢の追い出し

神楽坂の相馬屋さんでやーっと買えた原稿用紙を持って、ほくほくしながら図書館へ。

書くぞ〜〜〜!って思ってたのに、あっという間に、六時。で、閉館。

「愛の夢三番?」(たぶん)で追い出される。
少し、哀しい。「蛍の光」より、やっぱり、なぜか、佳いんだけど、哀しい。

なんか、ちょっと傷ついて、出る。

公共施設が終わりの合図を告げるとき、音楽をかけるのは万国共通なのか。

わたしたちはその音楽で、ちゃんと閉館を意識して、素直に片付けをしはじめる。

なんか、ちゃーんと「はーい終わりですよ〜」っていう音楽に聞こえるから不思議だ。

勘違いして、踊りだしたり、さぁ!これから2階の書庫に行っちゃうぞ!とか思ったりしないから、不思議だ。

ま、尺八とか琵琶とかで、追い出されたら、もう路上で絶望的な哀しみだから、これくらいがちょうどいいのかもしれない。

なんか受験生みたいなことをしているのは、わたしがまじめに調べものをしたりといった、珍しいことをしているからだ。

追記

昨日はお稽古の日だった。D先生の講話をきいていると、毎回、ふいに突然、感動して、号泣したい気持ちになってしまうのだけど、稽古中に泣き出すこともできず、いつも涙がでないように、じっと我慢する。

十二月はお稽古がなくて、もう今から哀しくって、ぐずぐず泣きたくなってしまう。

でも、そんなぐずぐずしちゃいけないので、その間にたくさん、たくさん書こうと思う。

姉と、あのテーブルでお話したことだ。

ほうせつな暮らし。

あの、日常のときに、かんじられた包摂の、それに触れた感受性や感覚を言葉で書けるわけないって、知ってて、でも、書くんだ、って思う。

Kちゃんが「ぺろり」用のいい論文を調べてくれて嬉しかった。ありがとう。

長い間、おまたせしました、な「ぺろり」、もうすぐ小さな、カタチが出せると思うので、作戦会議、飲みにいきましょう。

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2010年11月13日

追加ビールとおせんべい

「ねえちゃんさーだいたいさ−
J−POPの女の歌詞ってのは
『一緒にいたいの』で終わってて、
なんかなぁ、って思わない?」

「まあ、そのままなんじゃん。
その次は?ってこと?」

「あー、それならさ、そのままならね、
『じゃ、そうすれば?』って感じなんだけど、
でもそんなこと言って、そういう女に限って
全然それだけじゃないっていうか、
そもそも、を、一緒にいるってことを、わかってないっていうか。
そういうとこが、イライラすんだよね。」

「・・・・!!」

なんか、お姉さんらしく、気の利いた、コジャレタことを言おうとしたんだけど、古傷にもならぬ傷が全開になったような気が一瞬だけして、いや違う、わたしはそうじゃないって、満面の笑みを返す。

んで、「ねー、ちょっと待ってて!」って笑って、一階に追加ビールとおせんべいを取りにダッシュ。

どうでもいいけど、弟はわたしの宝ものです。
世界で一番可愛い。
めちゃんこ実はナイーブだけど、チャーミングで
ま、なんてったって、イケメンなの(姉ばかじゃない!とおもう)。

でも、つまんない仕事してるらしいから
年々つまんない奴になっているような錯覚がするけど、その悩み方から、その悩んでいる様子から、彼の誠実さと人柄が感じ取れて、年々いとしいです。

でも、心配になります。

でも、大丈夫って信じていたり!もするんだよ。

本当に。

めちゃんこ可愛い彼女がいて、それも大好きです。

どうか、ずっと、そんな
じゅんや(おとうと)でいてね!

ちひろ(おねえちゃん)

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2010年11月05日

括られるな、括られるな

わたしの父という人は可愛い人で、「おれも、親ばかだ」と言いながら最近、ホロヴィッツのCDをたくさん買ってきてくれる。

おぃ、今日はショパンだぞ。

おぃ、今日はチャイコフスキーだぞ。

おぃ、今日はラフマニノフだぞ。

聴ききれないんじゃないの?というくらいのCDをラックに入れて、ブツブツ、整理(一応、彼なりの整理の仕方があるらしい)をした後、畳の部屋に行き、謡をやったり、仏語を勉強したりしている(母とパリに行きたいんだと思う)、父は本当に不思議な、わかりやすい、わたしに似てる人。

わたしはでも、あんまりお父さん、有難うばかり言わないようにする。少し嬉しくても。

だって、言うと本当に永久に買ってくるような気がする。ホロヴィッツ先生をすべて集めてしまうような。

昔、一緒に、新しい公共の公開シンポジウムが内閣府の講堂という、薄暗いお葬式みたいな場所でやって、首相と松岡正剛の対談とか、金子大先生の話とかがあった時、何を思ったか、わたしは父と一緒に行ったのだけど、

松岡正剛の話(新しい公共というけど、なにもね、NPOや社会起業が新しいというような話ではなく、中世から結や講とか、当然にしてそういう日本の公、いやわたしたちの共同体、日常をふつうに、しぜんに、支えた活動があり、その経緯をお忘れなく!という「公」の歴史経緯)だけは、面白くて、父のメモ(ミミズみたいな字で、一切読めない)を取り上げてわたしはメモってしまったわけなんだけど、

松岡先生の話のあと、新しい公と括られた、NPOや市民活動団体の発表があったので、わたしはすぐさま、危険を察知して、ああいう、カンパケはつらい、つらい、括られるな、括られるなと思って、父を置いてきぼりに、退席して、銀座に買い物へ出た。

一緒に帰れると思っていたのか?家に戻ると父に
「なぜ、お前は、新しい公?といってお前たち、若い仲間が仕掛けている、そういうシンポジウムだったのに、肝心のそういう発表のところで、首相やらいて、報道陣もあんなにいて、誰も席を立っていないに、お前だけ、遅刻をして、かつ、早退をするんだ。まったくしょうがねえやつだ。いつも、そうなのか。遅刻して、早退するなんて。」と叱られたことがあったのだが、

父のそれからの行動が弱った。

わたしがそのシンポジウムで一瞬だけ居て、一応、珍しく聴いている風だった「松岡正剛」の記憶が強いようで、彼の本であったら、娘は読むかもしれないと思った父はひたすら松岡正剛を一時、すんごい買ってきた。

お父さん、松岡大先生の本なんて、買い集めたら
家が、家が、それだけで満杯に。。。わたくし、松岡さんの本を買いたいとか思わないので、いらないんですよ、と必死に眼でいうのに、しばらく買ってくれていた。

しんどい。でも、大人の教養としてはいいのかもしれない。わたし、知らない話ばかり。でも、松岡さんはそういう風に、居間に必要な先生じゃないような
気がしますので、わたし、教養系一番だめかも。それをお父さん理解されて、あえてのですか?ふぅ、みたいな感じだった。

でも本当にいつみても、あまり読まないで無視していたら、最近、ようやく松岡先生は我が家の居間(父との唯一のコミュニケーションテーブル)にいなくなった。

ほっ。

それがどっこい、昨日、なぜか現れたんですわ。

「お前、空海さんだぞ。」

「え?」

『空海の夢』(松岡正剛)

お父さん、わたし、空海さん、好きっていったっけ?なんか、本見せたっけ。

お前、仲間が高野山行ってるんだろ。ちくまの本、持ってたじゃねえか。

はぁ。そうでしたね。奥の院御廟で今もご存命かと。

わたしのおとうさんというひと。
禿げ上がっていて、わたしに
剣道とお能と本を教えてくれた人。

わたしの夢を忘れないでいてくれる人。

昨日わたしの検査結果を言ったら、いままで観たことがないような顔で笑った。
posted by にしもとちひろ at 18:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 私の日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月26日

ホロヴィッツ先生と欲しかった月光

先の休日は
一九八六年の幻といわれたらしい
ホロヴィッツ先生のモスクワコンサートの
を聴いていました。

モスクワコンサートは幻とか、伝説とか、呼ばれる歴史的な大成功でしたが、その三年前のNHKホールの日本コンサートは日本のファンも驚く大失敗で、先生は本当に本当に苦しんだと伺いました。

そんな経緯を聞いたばかりだったので余計ですが、私はちょっとききはじめただけで、びっくりして、なんとなく、もうダメだと思いました。

何がダメなのかわからないが、聴きながら、もうわたし、ダメだ〜って思いました。

途中から映像でも見始めたら、ぎゃーもうダメだ〜っ、私、立ち上がれないって。

こう書くと、私は表現能力のなさに、永遠にものを書く人間にはなれないと思って、ショックだけど、でも、もうダメだ〜って思ったのです。

バカみたいだけど。

私はホロヴィッツの音というものなのか、なんなのか、あれは音でしょうか?運動の証なのでしょうか?生きているという、こういう力強さやせつなさをしっかり表現できるのかぁと、寂しいも苦しいもすごい力だ、ホロヴィッツ先生は「わたしのこの孤独や寂しさを誰にも渡しはしませんよ」ってなかんじで指をまっすぐにして(ほとんど曲げずに)鍵盤を叩いているのです。

あんなに追い込んで、出た音って、出せる音って、こんな音なんですか。とにかく、まぁ、映像をみたことで余計にびっくりしてしまって、絶句状態でした。

私は天気も天気ですし、いろいろしなくちゃいけないこと、考えないとダメなことだらけだったのだけれど、もう何の力も入らず、放心状態で、ぼーっとしてしまい、明らかに、もう私は立てない、ダメだ〜って思って、曲をずっとかけっぱなしにしていました。

その前の日の晩の帰り道、月が綺麗で吸い込まれそうだなと思った後、夜中ずっと聞いていて、朝も昼も聞いていて、ちゃんと意識して、立てたのは夜20時30分ごろだった気がします。

ってくらい、びっくりしたのです。(あなたの生活どうなってるんですか?っだけど。あ、でも途中で大好きなエクレアは食べたよ。)

ちょっとしっかりしなきゃと想って、私はずっと何時間も何時間もリピートしていた曲を消して、音のしなくなった部屋で、大江先生のイーヨーじゃないけど、立とうと、立つことにしました!と小説仕立てに自分に言い聞かせました。

そう、それから私は、48分の電車に乗るために急いで、ホロヴィッツ先生を背中におぶって、雨に濡れないように必死に走って駅までゆきました。

川越市行きはガラガラでして、私はホロヴィッツ先生に、うちのお母さんにお会いしてくれますか?ねえ、先生、彼女が小さい頃、私たち家族に弾いて聴かせてくれた「月光」(ピアノソナタ)はなかなかだったんですよ、もう一度聴きたいんですけどねえ、一緒に弾いてくれませんかねえ、と心の中でつぶやいて、先生の身体の雨粒をたくさん、たくさん拭きました。

あ、でも、うちのピアノ、YAMAHAっていって、
調律をでももう10年もしていないんですが、先生、大丈夫でしょうか。

ええ、ぜんぜん大丈夫じゃないでしょうね、神経質そうな先生のお顔の表情が解けた気がして、私は安心して窓の外を観ていました。

すごい雨。

私は真っ黒な窓に叩く雨粒の音に、先生が長い長い指先を置くようにして鍵盤を打つのを観る様な気がしました。

「想ったとおりにいかないって、そう、悪くはないんですよ。」

駅につくと、迎えに来てくれた母の車が見えたので、ドアをあけて、私はただいまといいました。

すごい雨ね、母は言いました。

そうだね、と私は言いました。

posted by にしもとちひろ at 19:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 私の日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月22日

ある体験

ある体験。

寒いので
『新しい人よ眼ざめよ』大江健三郎を
かばんにしのばせて、出かけました。

私はヒールの高さや
ワンピースとバッグの合わせ方じゃなくて、
何の文庫をかばんにとっさに
選ぶことができるか、が
わたしの毎日をつくっている、
と思っています。

だから、大切にしたほうがいいと思っています。旦那を選ぶみたいに。

ちょっと、大げさだけど。

ともに編める、書き綴ることのできる、共有できる物語は日常という生の支えです。

さて、この本の中にある日、主人公の僕と知的障害を持つ長男イーヨーがプール通いをしている場面が出てきます。

「水に浮こうとする意志が欠けている様子」
と教師に指摘されたイーヨーをつれて、
毎週プールに通えども、

「水の中の息子は切れ長の卵型の眼を
大きく見開いて、静かな感嘆をあらわし、
鼻から口許から気泡が光りながら
ひとつずつたちのぼるのがみえるほど、
穏やかに穏やかに身動きしている。」

「それは、もしかしたらこのような態度こそが人間のとるべき自然なかたちではないかと、反省させられたりするほどなのであった、、」

そんな、ある日、イーヨーは水深15メートルもある、潜水訓練用水槽で溺れてしまいました。

僕が普段より違和感を抱いていたある男の手によって助けられます。

その間、僕は脈絡もなく
ウィリアム・ブレイクの詩句

「おちる、おちる、叫びながら、
無限空間を、怒り、絶望しながら」

を反芻することしかできなかったのに!

この日、2人のおぼれそこないの
子供らのように塞ぎこんで電車の
シートに腰かけ、僕とイーヨーは
家に戻ります。

ーイーヨー、どうしたのかい?
まだ苦しいの?と問いかけると、

ーいいえ、すっかりなおりましたよ!と
力をこめて答えました。

僕は沈みました。
これからは泳ぐことにしよう。
僕はもう泳ごうと思います!と。

僕は沈みました。
これからは泳ぐことにしよう。
僕はもう泳ごうと思います!

この箇所を眼にしたとき
私は本当に驚いて
大好きな人に電話をしようかと
思いました。

自分のかばんのいらぬ重みが
下方へと落下し、軽くなったそれがすぅっと
すぅっと水の中で足をけりだして、
前進していくような、
逃げていくような感覚を
膝の上で感じました。

僕は沈みました。
これからは泳ぐことにしよう。
僕はもう泳ごうと思います!

何度も何度も読みました。
読めば読むほど
私は自分の手元から
逃げていくようなかばん
ーイーヨーに、、
ねえ、待ってって、ぎゅうっと後ろから抱きしめてたく、その背(かばん)を追うようにひっぱられるようにして席を立ちました。

いけぷくろ、いけぷくろー

池袋は雨でした。

私はぼぅっとしながら、丸の内線の改札をペっとやり、かばんーイーヨーとの体験を探しました。

ある体験。
生きようとする意志。

ある体験。
無限空間への沈みと
私のかばんとイーヨー。

posted by にしもとちひろ at 18:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 私の日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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