2010年12月16日

いちばんやさしいいろ

バス停に座っていたらとても心細くなってしまって、
でもそんなときにお魚屋さんのあかりが見えました。

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2010年12月10日

武蔵野市のシンポジウム

12月11日(土)
武蔵野市主催の下記、シンポジムに
パネリストとして参加いたします。

第五期基本構想・長期計画の策定に向けてシンポジウム
これからの地域コミュニティを考える 市民の社会貢献と地域コミュニティ

平成22年12月11日(土) 午後1時30分〜4時30分(開場午後1時)
場所:武蔵野市役所西棟 811会議室 
コーディネーター
山本 泰 氏 (東京大学大学院総合文化研究科・教養学部教授、
          第五期基本構想・長期計画策定委員会委員長)
西本 千尋 氏 ((株)ジャパンエリアマネジメント代表取締役)
藤井 陽子 氏 (西久保福祉の会会長)
邑上 守正   (武蔵野市長)


問い合わせ
武蔵野市
企画政策室 企画調整課
電話番号: 0422-60-1801
FAX番号:0422-51-5638
Eメール:sec-kikaku@city.musashino.lg.jp 


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2010年12月03日

千里ニュータウン

明日なのですが、
大阪大学・豊中市千里文化センターコラボ・滑ヨ西電力主催の
社会人向け専門講義「都市地域マネジメント」
●12月4日(土)15時〜16時
●千里文化センター(千里中央駅から徒歩5分)
でお話をさせていただく予定です。

http://japanareamanagement.cocolog-nifty.com/blog/2010/11/12-dadb.html

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2010年11月30日

都市と存在

わたしは外へ出るのが好きじゃない。ネクラでひきこもりだと思う。

外からそうはまったくみえないらしいけど、実はそうだ。

別にショッピングがすごいすきでとか、ポジティブな意味でまちへ出かけているのではない。別にネガティブな意味でまちへ出かけているのではないんだけれど、うまくいえないな。

ミシュランガイドを読んでいても、路上観察学の本を読んでも、書を捨て、町に出よを読んでも、五十嵐先生の、藤森先生の建築ご案内本を、鈴木先生の、中沢先生の地霊の本を読んでも、もちろん、頑張る商店街77とか、まちづくり成功本を読んでも、(精神的にも物理的にも)まちへ出かけたいと思わない。

特に後者あたりは、絶対出かけたいなんて思わない。むしろ逆だ。この手のものが語りかけてくるような話から全力で逃げたくなる。「がんばってます。」とか「これが成功です」なんてそんなメッセージを発してしまうのはやはり、恥ずかしいことだ。

そんなヘソマガリなわたしであるが、なぜか、見田宗介先生の本を読んでいると、わたし、また、外へ出かけようと、(精神的にも物理的にも)思う。

昨日の夜、家に本が溢れて、自分の部屋が歩けなくなってきて両親に叱られたので、整理というものをしようと思っていたら、先生の『まなざしの地獄』が出てきた。

一ページ目の「都市とは」という文章を眼にした。

ー都市とはたとえば、二つとか五つとかの階級や地域の構成する沈黙の建造物ではない。

 都市とは、ひとりひとりの「尽きなく存在し」ようとする人間たちの、無数のひしめき合う個別性、行為や関係の還元不可能な絶対性の、密集したある連関の総体性である。

先生のこの文章は直截的な糾弾を背負う文章である。だけれど、そこには詩的さや装飾や誇張、鋭敏な感性の無駄は一切削ぎ落とされている。

わたしにはこの、緊張感のある「ホウセツ」がたまらない。

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2010年11月29日

もういっこ

生牡蠣って
どうして、あんなにイイ、のだろう。
牡蠣なべも牡蠣グラタンも魅力的だし、
牡蠣フライも好きなんだけど、
わたしは、やっぱり
生牡蠣ってのは、最高の食べ物だと思う。

あまりに大好きで、どうしてもこの愛しさを伝えたくて生牡蠣にほっぺたぷるって叩かれたいくらい、好きっていったら、ドン引きされた。わたしには文学はできない。その時、痛感した次第。

以前、オイスターバーですごくたくさん食べて一人だけ、なぜか、あたって、ほんとうにタイヘンなことになった経験があるから、どれくらい怖いか知っててもぜんぜん、懲りない。

レモンをジュっと絞って、あのゴツゴツの殻から、彼をつるつる、じゅるって救い出して、ぺろって、嗚呼、もう、その後のしあわせは言葉にできない。

そして、わたしのおなかに入ってしまった彼が、ついさっきまでしっかり在った白く光った場所(寝床)をじぃっと観てしまう。

プルプルのままで、
たしかに、さっきまでここに居た白く冷たい寝床の幻を眺め、口の中の幻を舌でひとなでして、もういっこたべたい、といわずに、ずっとずっとおなかに入ってしまった彼を思い(食し)続ける。

貝殻とレモンの匂いを指にしっかりつけて、はい、ごちそうさま。

わたし、(次は)生牡蠣と結婚したい。
それじゃ、両親がまた悲しむから、
生牡蠣がわたしと同じくらい好きな人とにしよう。

どちらかがあたって、看病してあげて、もう当分いいねっていいながら、また食べにいって、違う方があたって、看病して、もう当分いいねっていって、でもやっぱり食べにいって、今度は2人であたって、うんうん、寝込んで、もうこりごりね、もうやめようねっていって、でもそれでもやっぱりまた食べにいこうって、言ってくれる人。

そんな人が近くにいたら。(教えてください(まる))

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2010年11月27日

おばあちゃんと、おばあちゃんと、ウーロン茶

ガスがつかないので、夜、みんなで、おでんやで、ほくほくした帰り道に、テケテケひとりであるいて、銭湯に向かった。

商店街をまっすぐ歩いたらいい、という先生の指示通りに歩いたんだけど、お月様をみてたりして、くねくねしたら、よくわかんなくなってしまって、(ほんとうは間違えようがないんだけど)犀川にいったん、戻ってきてしまった。

夜中、ほんとうに、道に誰もいなくて、東京とは違うと思った。

寒い、もう、だめだと思った頃、あらわれてくれる、神様のようなひとたちに「銭湯、このあたりにありませんか?」ときけども、「ごめんなさい、わからないわ」ばかりだ。

銭湯に電話したら、番台のおばちゃんも「説明できない」という。

そんな、あほな。

最後に聞いた男の子が、(いや、坂を下ってくるから、みんな自転車でビュンビュン組をとめるのは至難なのに、よくぞ停まってくれたありがとう僕!)
「あ、その銭湯はもう少し坂をのぼったところにありますよ。」

ほんとう?ありがとう〜〜。

ようやく、着くと、番台のおばちゃんが「さっきの子か、ごめんなさいね、うまいこと、説明できなくて。」と言った。

「大丈夫ですー」ハアハアいいながら、もう、寒くて、寒くて、ガラガラ、ガラー番台を全力で抜ける。

とはいっても、一応、恥ずかしくって、丁寧に脱いでいたら、

おしりを洗ってください

との貼紙が目に飛び込んできた。

金沢じゃない、これは金沢じゃない、わたしのイメージしていたのと違うと思ったけど、ま、金沢なんだなと思って、日常ってのはこういうもんだ、と思って、バババって脱いで、ガラガラって入る。

目の前に(ちょっと横に)見たお湯は「濃いウーロン茶」にしか見えず、びっくりした。

わたしは、しわしわの、真っ白いおばあちゃんたちが、濃いウーロン茶にぽちゃり、ぽちゃり、ゆっくりと、入ってゆくのを、鏡越しに、じぃっとみた。

ぶくぶくいってるところなんて、
ウーロン茶というか、コカ・コーラだ!!

おばあちゃん、コカ・コーラの中で、シュワシュワいってるし、なんか、もう少しで溶けてしまいそう。

なんか、裸で笑ってるのも、怪しいので、ちょっと真剣な顔をつくって、勇気を出して、そぉっと、入ってみた。

わぁ、ほんとぉ、ウーロン茶ーって思った。

やっぱり、わたしは大きなウーロン茶の中に落ちてしまった子みたいな、気分になり、不思議なまちだな、ここは、と思った。

そして、甘いんだ。このウーロン茶。匂いがね。

翌日、工事のおじさんに、「わたし、きのう、ウーロン茶みたいな銭湯に、行ったんですが、金沢はみんな、温泉はウーロン茶みたいなんですか?」と聴くとそんなこた、きいたことないなあ、そんな、色してたかぁ、と二人とも、この子、何へんなことを、みたいに、いう。

やっぱり、あそこは金沢じゃなかったのかも、と一瞬思う。

いや、金沢なんだ!

おばあちゃんたちは、ウーロン茶に浸かる前、みな、二人組みで、背中をあらいっこしていた。

いつかみた、尾道のお地蔵さまの前のおばあちゃま二人組は、ひとり目のおばあちゃまがお地蔵様をお掃除し、二人目のおばあちゃまが、そのお掃除してるおばあちゃまの肩をもんでいた。

あの日を思い出して、このまちの日常はやさしそうで、好きになれそうだと思った。

犀川からみるお月様はほんとうにきれいだった。

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2010年11月26日

長良坂の素敵

金沢へゆく。

部屋のガスがつかなかった。
暖房もつかなかった。
全部取り替えてもらえることになった。

わたしはこんなハプニングは二度とないなとおもったら、きもちがすごい穏やかになってしまって、たのしいなと思って、のんびりしていた。

だけれど、不動産屋さんはすごい申し訳なさそうで、工事屋さんをせかしている。

不動産屋さんが帰ったので、
工事屋のおじさんに

「おじさん、わたし、いそいでないです」

というと、そんなこと、素直にいって、、、みたいな、おじさんはマメ鉄砲に撃たれたような顔になってしまった。

わたしは、急に恥ずかしくなったので

「ごめんなさい、あの、、、ほんとうに、いや、だいじょうぶなんです。いそいでやっていただかなくても、ほんとうに。あの、それより、わたし、とうきょうからきょう、やってきたので、なにもわからなくって。いろいろおしえてもらえますか。」

とやっとこさ、赤面して、言い終わると、おじさんも、照れくさそうに笑って、ドリルを回した。

部屋が狭すぎるのに、おじさんが3人いたので、もう身動きができなくって、わたしは正座をして、部屋の隅で、パソコンを叩きながら、いろいろなお話をした。

おねえさん、ごめんな、ちょっとそこいいかなって言われたって

あ、し、が、し、び、れ、て、た、て、な、い、よ、ぉ。

おじさんは言った。

もう少したつと、管が凍るから、ブレーカーは東京戻るときも落として帰っちゃダメだよ。気をつけなきゃだなぁ。

21世紀美術館や伝統工芸なんて、教えてもらわなかったけど、近くの、おいしい、パン屋@もちろん、バスどおりじゃなくて、路地裏、を教えてもらった。

日常だよ。


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2010年11月20日

なんだろうさんのこと

本のプロの「なんだろうさん」に
本のことを教えていただくようになってから、
日常がいつもと違った角度から
みえるようになった。

不思議なことに
すごく大好きな場所や
すごく大好きな人や
そういうこと、たちで出来ていた日常が

その大好きは、そのまんまで
いつもより少し嬉しく、
少し珈琲が飲みたく、少し眠く、
好きな人に電話をしたくなるのを
少し、我慢するような、

いつもの「すごく」を、「少し」と置き換えても、苦しくなく、大好きは、そのまんまで、みんなが居心地のいい日常の入れ物にちゃんと収まるサイズにできるようなそういう、小さくて、訓練くさくない、訓練のやり方をゆっくりと、教えてもらっているような気がする。

いつもの「すごく」を、「少し」と置き換えても、大好きは、壊れたりしないんだぁ、みたいな。(って、あんま、つたえられないけど)

まだまだ訓練中だけど、その訓練もたのしめるような気がする。

そういう、「教える」をできる、なんだろうさんはすてきだ。
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2010年11月19日

犀川、その景色の体温

「眼の前が犀川です。」
一度もみない部屋を借りる。
不動産屋さんの電話口のセリフだけが頼み綱。
別に一度もみない〜を・・・する、は怖くない。人生、んなことばっかりだ。てか、よく考えたら、生まれてから、全部、そうだ。で、生きてきた。から、大丈夫なはず!

でも、とても寒い、どんより、どんよりとした季節で、大好きな自転車もおいてきてしまったし、(そもそも雪でそんな乗り物には乗れないみたいだけど)

そもそも友曰く、「ひとりでいたことのない子がよく決断を」なのに。(ぐすんです。)

「大丈夫!27歳、女ざかり(らしい)なうちに、遊びにいくから。」

そうだ、もうまた、わたしたちの誕生日が追いついてきた。たいへん!またひとつ、歳をとるね。

「でも、こればっかりは、文句は言えない、
歳のとりかたは、みんな、公平なのよ。」

かつてのルームメイトだったわたしたち3人は、同じ年、同じ月に生まれて、同じ部屋で順々に歳をとれた。

共有のリビングには2人は毎年、着物をきて、シャンとしていて、綺麗な写真たち。

わたしはいつも写ってなくて、まったく何をしてたんだか、覚えていないんだけど、でも、歳だけはあの部屋で順々にとった。

だから、寂しくなかったのに!

まぁ、きっと、大丈夫、だって、犀川沿いな日常よ。

先生、みなさま、こんな私ですがよろしくお願いします。

はやく、カフェと本屋さんを、できればブックカフェ、を見つけなきゃ!そんで、子等(超忙しそう)を呼んで、いっぱい、あそぼう@ぺろり。


ーはじめ うみが みたい
ーいんせい それは ろまんちっくすぎる 
      かわを みにいこう

「さくら の その にっぽん」 
     (たわだ ようこ)

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2010年11月17日

年下君の活躍

白鵬のこと。

コタツとみかんと相撲中継。
ビールと枝豆と野球中継。

幼きころの大きな家族を囲んだ記憶は、別の理由も加わって、もぅ、遠い遠いどこか違うふるさとへ行ってしまった。

ところで、昨日?新聞を読んでいたら、白鵬が二五歳と知り、てことは、彼氏になる可能性もあるってことだなか、とか思って、

勝負をしている人に弱い私は
ちょっと苦手な「太っている」「年下」をつい、忘れそうになった。

(ちなみに「太っている」「同年代」も「年上」も苦手です。)

ねえ、どうみても、
白鵬が二五歳なんて、思えない。
え?じゅんや(弟)?!
えー爆笑

なぜか、不思議なんだけど、私はお相撲さんが若い!ということをつい、忘れてしまう。
サッカーとか野球とか体操とかわかるんだけど、お相撲はよくわからなくなってしまう。
わんぱく相撲に出てる力士(ほっぺが赤い)くらいしか、年下に見えない。

小さい頃、同じ、「千」がつくからって、
それだけで、必死に「ちよのふじぃ、ちよのじぃ」って小さな喉で、懸命に応援した(断髪式は哀しくって泣いたねえ。)

あの時の千代の富士も若かったんだろうか。

ところで、双葉山の六九連勝が止まったときの陽明学者、竹葉秀雄(安岡正篤の弟子)との電報やり取りの日経の記事を読んだ。

竹葉
「サクモヨシ チルモマタヨシ サクラバナ」
双葉山
「ワレ イマダ モッケイ タリエズ」
(吾未木鶏為得)

さらに、打電
「サミシイデス スグオイデコフ」

わぁーいいわぁって
このかんじ、いいわって何度も思った。

って、また馬鹿みたいだけど、いいわぁって思った。ほんと、表現能力ないけど。

この流れ、一連の詩。

私も「サミシイデス スグオイデコフ」送りたい!!!けど、ぜんぜん勝負なんてしてないのに、これだけ言っちゃあ、台無しです。

いいですか、しっかりしてくださいね、わたしたちがほしいのは「一連の川のような」ですよ、と言い聞かす。

今般の敗北後、白鵬の「これが負けか」というせりふを聞いて、どうしよう!二五歳にそんなこと言われた、と思った。だって、白鵬三五歳くらいだと思っていたんですもの。

って、何度も思うけど、わたしも年下君に負けないように、ちゃんとがんばんなきゃ。

今日も寒空から雨粒がつま先に。

蛇足だけど、竹葉先生のサクラバナは、ヤマザクラかなぁ。ソメイヨシノかなぁ。当時、一九三九年。

ヤマザクラであってほしいな。
だって、ヤマザクラは多様で優しい色と散り方をする(持つ)んだよ。

posted by にしもとちひろ at 23:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 私の日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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