2010年11月14日

愛の夢の追い出し

神楽坂の相馬屋さんでやーっと買えた原稿用紙を持って、ほくほくしながら図書館へ。

書くぞ〜〜〜!って思ってたのに、あっという間に、六時。で、閉館。

「愛の夢三番?」(たぶん)で追い出される。
少し、哀しい。「蛍の光」より、やっぱり、なぜか、佳いんだけど、哀しい。

なんか、ちょっと傷ついて、出る。

公共施設が終わりの合図を告げるとき、音楽をかけるのは万国共通なのか。

わたしたちはその音楽で、ちゃんと閉館を意識して、素直に片付けをしはじめる。

なんか、ちゃーんと「はーい終わりですよ〜」っていう音楽に聞こえるから不思議だ。

勘違いして、踊りだしたり、さぁ!これから2階の書庫に行っちゃうぞ!とか思ったりしないから、不思議だ。

ま、尺八とか琵琶とかで、追い出されたら、もう路上で絶望的な哀しみだから、これくらいがちょうどいいのかもしれない。

なんか受験生みたいなことをしているのは、わたしがまじめに調べものをしたりといった、珍しいことをしているからだ。

追記

昨日はお稽古の日だった。D先生の講話をきいていると、毎回、ふいに突然、感動して、号泣したい気持ちになってしまうのだけど、稽古中に泣き出すこともできず、いつも涙がでないように、じっと我慢する。

十二月はお稽古がなくて、もう今から哀しくって、ぐずぐず泣きたくなってしまう。

でも、そんなぐずぐずしちゃいけないので、その間にたくさん、たくさん書こうと思う。

姉と、あのテーブルでお話したことだ。

ほうせつな暮らし。

あの、日常のときに、かんじられた包摂の、それに触れた感受性や感覚を言葉で書けるわけないって、知ってて、でも、書くんだ、って思う。

Kちゃんが「ぺろり」用のいい論文を調べてくれて嬉しかった。ありがとう。

長い間、おまたせしました、な「ぺろり」、もうすぐ小さな、カタチが出せると思うので、作戦会議、飲みにいきましょう。

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2010年11月13日

追加ビールとおせんべい

「ねえちゃんさーだいたいさ−
J−POPの女の歌詞ってのは
『一緒にいたいの』で終わってて、
なんかなぁ、って思わない?」

「まあ、そのままなんじゃん。
その次は?ってこと?」

「あー、それならさ、そのままならね、
『じゃ、そうすれば?』って感じなんだけど、
でもそんなこと言って、そういう女に限って
全然それだけじゃないっていうか、
そもそも、を、一緒にいるってことを、わかってないっていうか。
そういうとこが、イライラすんだよね。」

「・・・・!!」

なんか、お姉さんらしく、気の利いた、コジャレタことを言おうとしたんだけど、古傷にもならぬ傷が全開になったような気が一瞬だけして、いや違う、わたしはそうじゃないって、満面の笑みを返す。

んで、「ねー、ちょっと待ってて!」って笑って、一階に追加ビールとおせんべいを取りにダッシュ。

どうでもいいけど、弟はわたしの宝ものです。
世界で一番可愛い。
めちゃんこ実はナイーブだけど、チャーミングで
ま、なんてったって、イケメンなの(姉ばかじゃない!とおもう)。

でも、つまんない仕事してるらしいから
年々つまんない奴になっているような錯覚がするけど、その悩み方から、その悩んでいる様子から、彼の誠実さと人柄が感じ取れて、年々いとしいです。

でも、心配になります。

でも、大丈夫って信じていたり!もするんだよ。

本当に。

めちゃんこ可愛い彼女がいて、それも大好きです。

どうか、ずっと、そんな
じゅんや(おとうと)でいてね!

ちひろ(おねえちゃん)

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2010年11月10日

小豆島なはなし

突然なんだけど、この数日、尾崎放哉、すばらしすぎる、すばらしすぎる、と思って、彼と一緒に過ごしている。

尾崎放哉は「咳をしてもひとり」だけじゃないんだよぉ。

私が遅まきながら、それに気付いたのは、句集から

鳳仙花(ほうせんか)の実をはねさせて見ても淋しい

を目にしたときで、これはヤバイと思って、ちょっとびっくりして母を呼んだときからはじまった。

お母さん、ちょっと朗読するね、聴いててね。
はい。

ほうせんかのみをはねさせてみてもさびしい

ちょっとつまる。

自由句だからむずかしいんだもん。ちょっと言い訳する。

でも、母は一句目で、ああ、いい句ねえ。

お母さん、よかったです。
すぐさま、同調を確認。

急に安心してしまて、ありがとう、お母さん、句集はここに置いておきますからね。テーブルに置いて出かけることにした。

雀の暖かさを握るはなしてやる

ピヨヨヨオ〜やさしいなぁ。(涙)

わたしは先月、小豆島に居たんだけど、(瀬戸内芸術祭)あそこで放哉が亡くなった、なんて知らなかった。

お師匠の(荻原)井泉水の紹介で「海の見えるところで最期を。」の場所、だということ。

わたしは、オリーブ畑をみて、芸術祭用にパッケージが可愛くなったマルキン醤油(小豆島)なんかを「キャ〜、カワュ〜イ」とか言って買ってたときくらいが、唯一元気だったときで、お姉さんに心配をかけながら、恋人と干潮時だけに現れる砂の道「エンジェルロード」を歩くと結ばれる!みたいなドウデモイイ観光案内を呆然と、泣きそうな眼で眺めて、あとはものすごい鬱々として過ごしてしまったじゃない。

小豆島でこんな句を残された場所だったんですね。
死ぬとわかって8ヶ月、この地で、何千句も残したとか。

寝る前とか、突然、起きちゃったときとか、彼と一緒にお布団に丸まっている。

白々あけて来る生きていた

だいじょうぶ、ちゃんと、できるね。


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2010年11月09日

神楽坂駅から牛込のほうに下りてきて

お父さんの能の発表会を観に矢来能楽堂へ出かける。

私、この能楽堂素敵、いつも思う。

観世家?、うらやましい。
くれないかしら。
くれないわよね。

いいのよぉ。

神楽坂駅から牛込のほうに下りてきて、新潮社の谷内六郎(わたし大好き!)の壁絵を眺めて、うふふって笑って、あー小さいころの弟と私みたいだわぁって毎回思ってクルッて右折すると、なんとも、ひっそりしてて、おじゃましまぁすって小声で言いたくなるような趣、矢来能楽堂。

木造モルタル造りがなんとも、なのだ。

客席後ろの十二畳くらいの空間(畳の間)の風情がこれまた最高で、毎回、嗚呼、ここをオフィスにしたい。オフィスだったらどんなに素敵。

嗚呼、ここに円卓をおいて、macはきっとダメだ。原稿用紙くらいしか、似合わないと思う。公演以外も、観世のお弟子さんがお稽古されていると思うし、そんな様子を眺めながら、仕事ができるなんて。

夢だわ。

嗚呼、うっとり。

私はこの畳の部屋で、座布団の上で野口先生の本なんかを読んでいたら、は!っと気づく。

お父さん、今日の演目はなんでしたっけ。

「野守」?!

何の話だか、まったくわかりません!
予習もしてきませんでした。

ま、いいか。
予習なんてして、本番で
ただ、その話の流れを確認するなんて、芸のない観方はしないでいいって、おっしゃってましたっけね。

その場で感じればよいと。

勉強が苦手な私のことをよく知っててくれて、ありがとう。お父さん。

仕舞だったんだけど、面(おもて)をかぶっているみたいに表情がよくて、「野守」という演目を舞ってるんじゃなくて、親父の「野守」を舞ったって感じで、親父らしい、神経の出た、人の出た、舞だなぁとほんとにそう思った。

「お尻が痛くなっちゃうねぇ」
「まったくねぇ」って
会話を最後に、目の前の寝てしまっていた、3人のおばあちゃんが親父の舞のとき、一斉に起きて、わたしはでもそれが一番嬉しかった。

おばあちゃん!起きてくれたのね!!
ありがとう∞

posted by にしもとちひろ at 22:22| Comment(0) | TrackBack(0) | これが私たちの住むまち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月05日

括られるな、括られるな

わたしの父という人は可愛い人で、「おれも、親ばかだ」と言いながら最近、ホロヴィッツのCDをたくさん買ってきてくれる。

おぃ、今日はショパンだぞ。

おぃ、今日はチャイコフスキーだぞ。

おぃ、今日はラフマニノフだぞ。

聴ききれないんじゃないの?というくらいのCDをラックに入れて、ブツブツ、整理(一応、彼なりの整理の仕方があるらしい)をした後、畳の部屋に行き、謡をやったり、仏語を勉強したりしている(母とパリに行きたいんだと思う)、父は本当に不思議な、わかりやすい、わたしに似てる人。

わたしはでも、あんまりお父さん、有難うばかり言わないようにする。少し嬉しくても。

だって、言うと本当に永久に買ってくるような気がする。ホロヴィッツ先生をすべて集めてしまうような。

昔、一緒に、新しい公共の公開シンポジウムが内閣府の講堂という、薄暗いお葬式みたいな場所でやって、首相と松岡正剛の対談とか、金子大先生の話とかがあった時、何を思ったか、わたしは父と一緒に行ったのだけど、

松岡正剛の話(新しい公共というけど、なにもね、NPOや社会起業が新しいというような話ではなく、中世から結や講とか、当然にしてそういう日本の公、いやわたしたちの共同体、日常をふつうに、しぜんに、支えた活動があり、その経緯をお忘れなく!という「公」の歴史経緯)だけは、面白くて、父のメモ(ミミズみたいな字で、一切読めない)を取り上げてわたしはメモってしまったわけなんだけど、

松岡先生の話のあと、新しい公と括られた、NPOや市民活動団体の発表があったので、わたしはすぐさま、危険を察知して、ああいう、カンパケはつらい、つらい、括られるな、括られるなと思って、父を置いてきぼりに、退席して、銀座に買い物へ出た。

一緒に帰れると思っていたのか?家に戻ると父に
「なぜ、お前は、新しい公?といってお前たち、若い仲間が仕掛けている、そういうシンポジウムだったのに、肝心のそういう発表のところで、首相やらいて、報道陣もあんなにいて、誰も席を立っていないに、お前だけ、遅刻をして、かつ、早退をするんだ。まったくしょうがねえやつだ。いつも、そうなのか。遅刻して、早退するなんて。」と叱られたことがあったのだが、

父のそれからの行動が弱った。

わたしがそのシンポジウムで一瞬だけ居て、一応、珍しく聴いている風だった「松岡正剛」の記憶が強いようで、彼の本であったら、娘は読むかもしれないと思った父はひたすら松岡正剛を一時、すんごい買ってきた。

お父さん、松岡大先生の本なんて、買い集めたら
家が、家が、それだけで満杯に。。。わたくし、松岡さんの本を買いたいとか思わないので、いらないんですよ、と必死に眼でいうのに、しばらく買ってくれていた。

しんどい。でも、大人の教養としてはいいのかもしれない。わたし、知らない話ばかり。でも、松岡さんはそういう風に、居間に必要な先生じゃないような
気がしますので、わたし、教養系一番だめかも。それをお父さん理解されて、あえてのですか?ふぅ、みたいな感じだった。

でも本当にいつみても、あまり読まないで無視していたら、最近、ようやく松岡先生は我が家の居間(父との唯一のコミュニケーションテーブル)にいなくなった。

ほっ。

それがどっこい、昨日、なぜか現れたんですわ。

「お前、空海さんだぞ。」

「え?」

『空海の夢』(松岡正剛)

お父さん、わたし、空海さん、好きっていったっけ?なんか、本見せたっけ。

お前、仲間が高野山行ってるんだろ。ちくまの本、持ってたじゃねえか。

はぁ。そうでしたね。奥の院御廟で今もご存命かと。

わたしのおとうさんというひと。
禿げ上がっていて、わたしに
剣道とお能と本を教えてくれた人。

わたしの夢を忘れないでいてくれる人。

昨日わたしの検査結果を言ったら、いままで観たことがないような顔で笑った。
posted by にしもとちひろ at 18:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 私の日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月26日

One day in Williamsburg‏


姉が送ってくれました。
大好きなWilliamsburg‏地区の
公園の一枚です。

隣はジョエル。

ジョエルは日本映画が大好きです。

マヌケで英語の話せない私を
見捨てずにたくさん遊んでくれました。
とにかく見捨てないで、一生懸命遊んでくれた
ジョエル。

背がめっちゃ高くて、鼻も高くって、
眼がボコって、なってて、おでこもすごい高くってなってて
王子様みたいで、なんか私、王子様って
いるのねって思ったものです。

ジェントルマンだし。

ところで、私はこの写真、何をしているのかというと、
ジョエルに山本周五郎の『小説日本婦道記』が
すばらしいと力説しているのです。

どうしてあんなに力説したかったのか、
今でも疑問だけど、

でも本当に力説したのに、
私の英語力のなさから
「日本の女性、妻はとてもすばらしいの。
ほんとうよ、ジョエル。あ、でも昔。すごい昔ね。
江戸ピリオド。」と
くらいしかたぶん、言えなかった。

ジョエルは笑って、「リアリ?今は?」
私は、えっと、「今はダメ、メイビ」
みたいな感じで、ジョエルは「映画になってるの?」
って聴くので「なってない」っていうと
そぅみたいに全然興味を持ってくれなくって
全然この本の魅力を伝えられないって
大変な事態になっているところ。

この日はそうだ、この夜
ブルックリンが嵐になって、大きなヒョウが降って
翌朝、街路樹が丸裸になりました。
葉っぱに穴がたくさんあいて、みんなぼろぼろになりました。

そして、姉が悲しいは〜っていいながら、
これが人間で一夜でみんなハゲたら、もっと悲しいは〜っ
ジュジュちゃん(猫)とうひひ、うひひいってて
笑って、一緒にあの窓から、一夜で一変した街路を
じっとみていました。

ジョエル、元気?
姉をよろしくね。

追記
SETSUKO HARAのモノマネ
今度してあげるから。

CHIHIRO

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ホロヴィッツ先生と欲しかった月光

先の休日は
一九八六年の幻といわれたらしい
ホロヴィッツ先生のモスクワコンサートの
を聴いていました。

モスクワコンサートは幻とか、伝説とか、呼ばれる歴史的な大成功でしたが、その三年前のNHKホールの日本コンサートは日本のファンも驚く大失敗で、先生は本当に本当に苦しんだと伺いました。

そんな経緯を聞いたばかりだったので余計ですが、私はちょっとききはじめただけで、びっくりして、なんとなく、もうダメだと思いました。

何がダメなのかわからないが、聴きながら、もうわたし、ダメだ〜って思いました。

途中から映像でも見始めたら、ぎゃーもうダメだ〜っ、私、立ち上がれないって。

こう書くと、私は表現能力のなさに、永遠にものを書く人間にはなれないと思って、ショックだけど、でも、もうダメだ〜って思ったのです。

バカみたいだけど。

私はホロヴィッツの音というものなのか、なんなのか、あれは音でしょうか?運動の証なのでしょうか?生きているという、こういう力強さやせつなさをしっかり表現できるのかぁと、寂しいも苦しいもすごい力だ、ホロヴィッツ先生は「わたしのこの孤独や寂しさを誰にも渡しはしませんよ」ってなかんじで指をまっすぐにして(ほとんど曲げずに)鍵盤を叩いているのです。

あんなに追い込んで、出た音って、出せる音って、こんな音なんですか。とにかく、まぁ、映像をみたことで余計にびっくりしてしまって、絶句状態でした。

私は天気も天気ですし、いろいろしなくちゃいけないこと、考えないとダメなことだらけだったのだけれど、もう何の力も入らず、放心状態で、ぼーっとしてしまい、明らかに、もう私は立てない、ダメだ〜って思って、曲をずっとかけっぱなしにしていました。

その前の日の晩の帰り道、月が綺麗で吸い込まれそうだなと思った後、夜中ずっと聞いていて、朝も昼も聞いていて、ちゃんと意識して、立てたのは夜20時30分ごろだった気がします。

ってくらい、びっくりしたのです。(あなたの生活どうなってるんですか?っだけど。あ、でも途中で大好きなエクレアは食べたよ。)

ちょっとしっかりしなきゃと想って、私はずっと何時間も何時間もリピートしていた曲を消して、音のしなくなった部屋で、大江先生のイーヨーじゃないけど、立とうと、立つことにしました!と小説仕立てに自分に言い聞かせました。

そう、それから私は、48分の電車に乗るために急いで、ホロヴィッツ先生を背中におぶって、雨に濡れないように必死に走って駅までゆきました。

川越市行きはガラガラでして、私はホロヴィッツ先生に、うちのお母さんにお会いしてくれますか?ねえ、先生、彼女が小さい頃、私たち家族に弾いて聴かせてくれた「月光」(ピアノソナタ)はなかなかだったんですよ、もう一度聴きたいんですけどねえ、一緒に弾いてくれませんかねえ、と心の中でつぶやいて、先生の身体の雨粒をたくさん、たくさん拭きました。

あ、でも、うちのピアノ、YAMAHAっていって、
調律をでももう10年もしていないんですが、先生、大丈夫でしょうか。

ええ、ぜんぜん大丈夫じゃないでしょうね、神経質そうな先生のお顔の表情が解けた気がして、私は安心して窓の外を観ていました。

すごい雨。

私は真っ黒な窓に叩く雨粒の音に、先生が長い長い指先を置くようにして鍵盤を打つのを観る様な気がしました。

「想ったとおりにいかないって、そう、悪くはないんですよ。」

駅につくと、迎えに来てくれた母の車が見えたので、ドアをあけて、私はただいまといいました。

すごい雨ね、母は言いました。

そうだね、と私は言いました。

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2010年10月25日

永田町の長い長いエスカレーターでの話。

永田町の長い長いエスカレーターのこと。

永田町の長い長いエスカレーターが
結構、好きだ。
こうおもえるようになったのは
ここ最近だ、と思う。

昔は意味なく、「仕事」で
自分は忙しいと感じていた時期があって、
あのエスカレーターを
駆け下りたり、駆け上ったりしては
いけません!な人であったから
あの永田町の凄まじく長いエスカレーターは
恐怖だったわけである。

それがどっこい、
最近、あの長いエスカレーターを
楽しい!と思えて、幸せぴょりんこだ。

エスカレーター沿いに
導線に沿って、いやらしく出ている
駅貼り広告(今週は週刊現代・釈由美子です)
くらいの嫌気は、そこに
並ぶ人たちの表情の多様さで緩和される。

さて、今日、2列脇のエスカレーターを
女の人がゆっくりと下りてきて、
あんまり気にもとめなかったんだけど
彼女は、2つのわら半紙のような
ベージュの包み紙の花束(小さくて細長めの)
に口許と少し鼻がかかるくらい、
顔をうずめた。

彼女は2回そのしぐさをして、
1回目より2回目の表情がずっとよかった。
(ま、逆はちょっとショックです。。)
嗚呼、なんていいんだ、あの彼女の頬の自然な喜び。

私はそんなこんなで、
その2回ってのが、いいなあ
嗚呼、なんともいいなあって
いや、1回でも3回でもダメだよなあって
ブツブブツ、意味無く何度も思って、
ずっとずっと
彼女の後姿が小さくなる、脳天の向こうの
花束の多様な色彩のようなものを
想像し、それらが消え行くまで見ていた。

結婚するなら、
こういう女性がいいなと思って、
嗚呼、胸キュンしていた。

そんなこんなで、
もう一度視線をうえへずらすと
とんでもない色のチークを頬に大量にはたいた女が
うえを見上げていた。

私はびっくりして、過去の自分も何度もああいう恥ずかしいチークを塗っていたくせに、彼女から視線を移し、すぐに、そのうえにいた彼氏らしき人に全力で視線を送った。

あなた、今日、彼女の支度を急がせましたね。
そうでなくて、彼女の家から彼女が自分で出てきたなら、ちょっとまた別の深い問題ですが。

せっかくこんなに視線を送ってるのに
まあ当然、その彼氏らしき人は私のこの視線を完全に無視している。

やっぱり2列脇だからかなあ。

だんだん、さっきの花束の彼女への恋心との対比が
寂しくなってきたので、私はそうか、彼は1回も真下にいる眼前の彼女の顔なんて観ていないのだと勝手に断ずる(納得する)ことにした。

左脇の広告の釈由美子に見とれているならまだいい。
彼は釈由美子など見ていないんだ。
彼は彼女の真上にいて彼女と会話しているが、
彼女をまったく観ていないと思った。

残念だ。

観ていたら絶対、彼女のチークの位置がきょう、なんだか、おかすぃなあと想うはずだ。

チークは頬を赤らめた経験のうえにのみ、のせていいものであって、残酷な位置に、そうあんなにギャグ漫画のように、はたいてはいけません。

・・・なんて彼からみたら彼女でもない人かもしれないのに、はっきりいって、ほんとうにどうでもいいことを書いているように思えてなりまえんが、

でも先ほどの恋心が一瞬にして冷めたゆえに私はショックだったのです。

街中の女子が
(人の女でも、いや、だから余計に)美しいのは、
本当にすばらしいことであり、
もうまちのまさに、幸福たる外部性。

街中の女性が美しいことは本当にいいことです。

エスカレーターは動きながら視線を上下へずらすことのできる奇跡的な美の鑑賞のための、時間と空間軸を持ちえた、美しさや優しさ、さびしさを鑑賞するための乗り物であります。

決して、この乗り物は急ぐためではないのです。
人間がいろいろな思いをお腹にいれて、乗っているのです。

ちなみに、私はたまたま、こんな風に彼女らを余裕持って観察しておりますが、いつもは、通帳とか振込みとか契約と喪失とかで本当に真っ青!顔面蒼白気味です。

でも、まあ、嗚呼、こんな永田町エスカレーター話でありました。

とにかく・・・ベージュの包み紙の花束を持った女性の頬の赤らめ方というか、頬の和らぎ方が本当によかったのです。

どうか彼女よ、永遠に。(まる)

posted by にしもとちひろ at 21:25| Comment(0) | TrackBack(0) | まちの風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月22日

ある体験

ある体験。

寒いので
『新しい人よ眼ざめよ』大江健三郎を
かばんにしのばせて、出かけました。

私はヒールの高さや
ワンピースとバッグの合わせ方じゃなくて、
何の文庫をかばんにとっさに
選ぶことができるか、が
わたしの毎日をつくっている、
と思っています。

だから、大切にしたほうがいいと思っています。旦那を選ぶみたいに。

ちょっと、大げさだけど。

ともに編める、書き綴ることのできる、共有できる物語は日常という生の支えです。

さて、この本の中にある日、主人公の僕と知的障害を持つ長男イーヨーがプール通いをしている場面が出てきます。

「水に浮こうとする意志が欠けている様子」
と教師に指摘されたイーヨーをつれて、
毎週プールに通えども、

「水の中の息子は切れ長の卵型の眼を
大きく見開いて、静かな感嘆をあらわし、
鼻から口許から気泡が光りながら
ひとつずつたちのぼるのがみえるほど、
穏やかに穏やかに身動きしている。」

「それは、もしかしたらこのような態度こそが人間のとるべき自然なかたちではないかと、反省させられたりするほどなのであった、、」

そんな、ある日、イーヨーは水深15メートルもある、潜水訓練用水槽で溺れてしまいました。

僕が普段より違和感を抱いていたある男の手によって助けられます。

その間、僕は脈絡もなく
ウィリアム・ブレイクの詩句

「おちる、おちる、叫びながら、
無限空間を、怒り、絶望しながら」

を反芻することしかできなかったのに!

この日、2人のおぼれそこないの
子供らのように塞ぎこんで電車の
シートに腰かけ、僕とイーヨーは
家に戻ります。

ーイーヨー、どうしたのかい?
まだ苦しいの?と問いかけると、

ーいいえ、すっかりなおりましたよ!と
力をこめて答えました。

僕は沈みました。
これからは泳ぐことにしよう。
僕はもう泳ごうと思います!と。

僕は沈みました。
これからは泳ぐことにしよう。
僕はもう泳ごうと思います!

この箇所を眼にしたとき
私は本当に驚いて
大好きな人に電話をしようかと
思いました。

自分のかばんのいらぬ重みが
下方へと落下し、軽くなったそれがすぅっと
すぅっと水の中で足をけりだして、
前進していくような、
逃げていくような感覚を
膝の上で感じました。

僕は沈みました。
これからは泳ぐことにしよう。
僕はもう泳ごうと思います!

何度も何度も読みました。
読めば読むほど
私は自分の手元から
逃げていくようなかばん
ーイーヨーに、、
ねえ、待ってって、ぎゅうっと後ろから抱きしめてたく、その背(かばん)を追うようにひっぱられるようにして席を立ちました。

いけぷくろ、いけぷくろー

池袋は雨でした。

私はぼぅっとしながら、丸の内線の改札をペっとやり、かばんーイーヨーとの体験を探しました。

ある体験。
生きようとする意志。

ある体験。
無限空間への沈みと
私のかばんとイーヨー。

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2010年10月21日

荒療治の輪郭

荒療治の輪郭

人を失うというのは
丸窓からみる大きな外界という風景の孤独のようなものが、自分の身体、お腹にズコンとあくということ

しか、今日はわからなかった。

そのズコンとあいた腹の治癒に懸命にならんとすると、治癒の粗さを指摘するかのように隙間風がゆっくりと静かに吹き込むのだが、その存在がいっそうその穴の輪郭を鮮明にさせ、私をゆっくりと驚かすのであった。

posted by にしもとちひろ at 08:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 私の日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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